トクモトは徳本峠とダムと東電、そして原発、だから諏訪

  • 2011/04/30(土) 03:47:17


「おじさんはトクモト?(誰??)2011/04/26(火) 02:10:37」で書いた「トクモト」では、北アルプス長野県、そして徳本峠かも知れないと書きましたが、調べた結果、やはりな~という結論になりました。

地名では「トクモト」を「徳本」として鳥取県東伯郡に、「徳元」なら福島県福島市にありました。他にもあるだろうと思いますが、今は見当たりませんし、ピン!と来ません。
人名では浄土宗の僧である徳本上人さん、 製薬会社トクホンの元となった戦国時代の医師である永田徳本さん、室町時代の守護大名畠山持国さんと出てきましたが、どなた様もピン!と来ませんでした。少しだけ眉が動いたのは永田徳本さんだけです。少しだけね。

最初にヒットした徳本峠の原点に戻り、この辺りから探ることにしました。(因みに、徳本峠は永田徳本さんに因み命名されたそうです)
地図をくまなく眺めました。


徳本峠は北アルプスの上高地あたりにあり、穂高連峰を望める位置にあります。
この徳本峠の西側に梓川が流れています。梓川は槍ヶ岳を源流とし南に向かい、上高地の大正池を形成して奈川渡ダム(梓湖)に注ぎます。そして松本市を抜け奈良井川と合流して犀川となります。
犀川はやがて千曲川と名を変えます。


犀川の地理
”飛騨山脈(北アルプス)南部の槍ヶ岳(標高3,180メートル)に源を発し上高地を南流。白骨温泉からの湯川や乗鞍高原からの小大野川を合流させたのち、奈川渡(梓湖)で奈川を合流させる。ここで東に向きを変え、安曇3ダム(奈川渡ダム・水殿ダム・稲核ダム)を経由し扇状地を形成。松本盆地で楢川・塩尻市方面より北流してきた奈良井川を合流させる。ここを境として上流部を梓川、以降を犀川と呼んでいる(後述・#梓川と犀川の違いを参照)。

犀川は松本盆地を北流する中で、同じく槍ヶ岳を水源とする高瀬川が仁科三湖(青木湖・中綱湖・木崎湖)からの水も合わせ合流する。安曇野市内ではこのほか穂高川や万水川などが合流し、犀川白鳥湖は1,000羽を数えるコハクチョウとカモの群れが越冬する場所として知られる。生坂村からは北東へと向きを変え、ところどころ蛇行しつつ美しい渓谷は犀峡(さいきょう)と呼ばれる。長野市信州新町では水内ダムが琅鶴湖を形成し、久米路峡では長野県歌「信濃の国」の歌詞にも登場する名勝・久米路橋が架かる。長野盆地では裾花川を合流させ、戦国時代の武将、上杉謙信と武田信玄が川中島の戦いを繰り広げた川中島で千曲川へ合流する。合流点には落合橋が架かる。”


SaiRiverJoinsChikumaRiver.jpg



ここでふと気が付きました。かなりダムが多いということ(黒部が代表かしら?)と、犀川のダム(生坂ダム・平ダム・水内ダム・笹平ダム・小田切ダム)東京電力がすべて管理しているということ。


永田徳本もそうですが、現在の東京電力東北にかなり関係している・・・

(永田徳本は三河で生まれ陸奥国で仏門に入り、出羽で修験道を学び、李朱医学を修めた後、信濃・甲斐に移り住み、その後諏訪地方へと移住しています)


また出た諏訪・・・犀川の木崎湖(長野県)も佐渡で触れたことがある・・・

「佐渡島・木崎神社と富士山とコノハナサクヤビメ様(追記・ごめんね)2011/03/24(木) 23:42:28 」  (参照)


頭を切り換えて、今度は東電を調べてみました。きっと関係がある。おそらくその経歴と自然災害の関係・・・と感じる自身の勘。


東京電力の概要
”1883年(明治16年)に設立された東京電燈が始まりとなる。その後、日本政府による政策により、第二次世界大戦直前の1939年(昭和14年)4月に発電および送電設備が半官半民の企業であった日本発送電の管轄となり、さらに太平洋戦争直前の1941年(昭和16年)には関東地方における送電事業が関東配電に移管させられた。太平洋戦争終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による再編命令が下され、紆余曲折を経て、1950年(昭和25年)11月24日にGHQがポツダム命令を発したことで電気事業再編成令と公益事業令が公布され、1951年5月1日、関東配電の営業地域を引き継ぐ形で発足した。”


東京電力

日本発送電


日本の電力事情の歴史を紐解いてみると、昔は火力・水力に頼って開発・発展していたのですが、時代の影響も大きく、満州事変をきっかけに軍部がその権力掌握に乗り出し、五・一五事件二・二六事件を経て自由経済を排除し、統制経済を推し進め、電力事業を筆頭に軍部が台頭していったというのが筋らしい。軍部は官僚達とも結託し、半官半民の電力会社がそこに出来上がった。

水利権に群がる企業、地元民の紛争なども多く、政府は自らこの利権を手中に収める。その後、政府の完全なコントロールの下で電力会社は動くこととなる。国有化に等しい。

上記のそれは戦前・戦時中の話ではありますが、戦後はGHQが深く関わって来ます。
”GHQは日本発送電と9配電会社に再編成計画を持株整理委員会に提出するよう命令した。”とあります。これに対して第二次吉田内閣は猛烈に阻止すべく電気事業再編成審議会を設置、白州次郎氏の働きもあって委員長を含む五人の審議委員を任命。(ここら辺、ややこしいので省きます)


つまり、電力事業とは国にとって大変重要であるには違いないですが、その利権に群がる官僚体質、半官半民の体質は今も昔も変わらないということで。


話は変わって、ダムと言えど東電管理の犀川一帯ダムは発電専用のダムがほとんどで、治水・利水の利水でしかなく、洪水被害は幾度となく地元民は経験させられています。
犀川流域に建設されたダム15基のうち10基は東京電力が所有し管理する発電専用ダムであるとのことで、今現在まで何も対処して来なかったのならば、東電(及び政府)のその責任は重いと思うのですが。明らかに死者も出ている洪水が発生しているのですから。


1847年5月8日に起こった善光寺地震はM7.4で、長野盆地の直下型だったらしく、その被害は甚大だったようです。地形変動による山岳崩壊などもあり、死者総数8,600人強、全壊家屋21,000千軒、焼失家屋は約3,400軒を数えたとあります。1000年に1回の程度で激震が来るらしいのですが、恐ろしいのは、この後1854年に伊賀上野地震、安政東海地震、安政南海地震、1855年に安政江戸地震と、死者数千に達する大地震に次々と襲われることとなったそうで。

善光寺地震

ここまで調べて、ま~ぼちぼちと・・・というワケにはいかなくなった。


更に調べてみる。

では、福島第一原発はいつ出来たのか?東電はいつから原発に手を出したか?

Fukushima_I_NPP_1975.jpg



日本に於ける原子力の解禁となったのは、サンフランシスコ講和条約が発効された1952年4月。
この頃福島県は高度成長の波に乗り遅れ、エネルギー革命により斜陽化した。ために、福島県は次世代エネルギーを模索し、原子力に目を付けた。
詳細な誘致のための調査を済ませ、東京電力に誘致の話を持って行ったのが1960年。翌年、大熊町・双葉町議会にて原子力発電所誘致促進を議決。両町とも反対者はほとんどいなかった。東京電力が大熊町に福島調査所を設置した(65年福島原子力建設準備事務所、67年福島原子力建設所となる)のが1964年。


東京電力の時の社長は青木 均一(あおき きんいち)氏。決定者はこの社長でしょう。青木氏1965年から1968年まで原子力委員会委員に名を連ねている。

Kinichi_aoki.gif青木氏


次いで木川田一隆氏が東京電力社長となる。彼が社長時代の1967年9月29日に青木氏の決定事項を引き継いで1号機が着工されている。続いて水野久男氏の時代の1970年11月17日1号機の試運転を開始、翌年1971年3月26日営業運転を開始している。水野氏は福島県出身だ。

Kazutaka_kigawada.gif木川田氏
Hisao_mizuno.gif水野氏

以降、 東京電力柏崎刈羽原子力発電所も営業運転することとなり、今現在まで延々と続行している。



あれから40年。・・・・原子力発電所構想から60年が過ぎた。
これから耐久性・耐震性などの問題が出てくるのだと思う。
地下の水道管・ガス管などと同じですよ。60年も過ぎると、そろそろガタが来ますからね。突然の道路陥没は、そういう時期だと思っているんですよ。・・・原子炉、止めてみたらいかがです?


原子力推進派であり決定者の青木氏と、福島原発の今回の事故で疲労困憊している現東京電力社長・清水 正孝(しみず まさたか)氏の両者とも、東大出身者ではない。東京電力は東大出身者がほとんどだ。何の因果か?

現社長・清水氏の上に前社長の勝俣恒久氏が会長として君臨している。
清水氏は駒で、勝俣氏が握っているのだろう。・・・
勝俣氏は2008年2月、柏崎刈羽原子力発電所のトラブルの責任を取り引責辞任。代表権は保持したまま、東京電力代表取締役会長に就任すると書いてある。
清水氏が少し哀れにも見える。憐憫の情をほんの少しだけ感じる・・・




要するに、沢山の問題を一つに括り、たった一つの言葉だけで全部の意図を指し示す方は凄いってことで、突き詰めてみればこんなにもたくさんの意味があったのかと驚くばかりです。

今現在の流れは諏訪の大神様が動いておられる。
そもそも、何の罪もない人民を動物を自然を守るため。

釘をさしておられるのです。原子力にも東電にも人民の欲にも、酷いことになるぞと。そして、感じ取られておられる方々にHelpcallを出しておられるのです。

もうそろそろ今までの考えを改めなければならない時が来ているのです。

Suwa_taisha_akimiya05n4592.jpg



福島第一・第二原子力発電所地震が集中してますよ。集中攻撃されてます。
早く廃炉にして下さい。もう無理ではないのですか?



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