藤原氏、卜部氏の繋がりは?

  • 2010/04/28(水) 09:12:36

北は北海道、南は沖縄まで、皆様いつもご来訪頂き有難うございます・・・

一曲。「お久しぶ~り~ね♪貴方に会うなんて~♪♪あ~れから~何日~たったのかしら~♪♪♪」(~^^)~

ここ数日、身体の不調が続いていたのですが、ジワジワと「なんかヘンだな」と感じ、病院へ行きました。結果、風邪から来る急性胃腸炎ということで、しばらくお仕事と家事だけに限定して活動しておりました。まだ本調子ではないのですが、ジワジワと動きつつあります。まだしんどいですが・・・

ブログも絵もストップかけていたのですが、豪族の関係などは調べていました。
さっぱりワケわからん状態ですが(爆)

身体の調子が悪いときは、夢見のほうも遠慮がちなんですね。
労って下さっているのでしょうか?と言うか拒否してる?(笑)

そろそろ身体も復活してきたので、そろそろ夢見再開かな?と思っておりましたところ、昨夜、お知らせがありました。

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2010/4/28 フラッシュ現象 肉眼で浮游物体確認

※「56」

※白いカッターシャツと白い短パン ゼッケンに「川内」


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はて、56とは何ぞや?・・・・5月6日かな?

と、過去の歴史を見てみても、ピン!とくるものが無く、では56かな?と56を指す意味を調べてもピン!とくるものはありませんでした。
ふと「天皇」と言葉が頭の中を過ぎったので、天皇の一覧で56番目を調べましたところ・・・

出てきた、出てきた。またまた椅子から転げ落ちそうになりましたよ、驚きで。


56代天皇 清和天皇 嘉祥3年3月25日(850年5月10日) - 元慶4年12月4日(881年1月7日)

この時代に平安京、 「応天門の変」 が起こり、大内裏が大騒ぎになったのですね。藤原氏の政治的陰謀、他氏排斥事件だったのですね。これにより古代からの名族伴氏(大伴氏)は没落した と書いてあります。


藤原氏。やはり出てきた藤原氏。影に潜む卜部氏とともに。


何故って清和天皇の奥方様は藤原高子。皇太后。


「巨大なダウンバースト(空からの怒り)2009/08/26(水) 09:22:52」で書いた夢の中の新聞紙の大きな文字が 「ト 高 子」

同日、 「謎がひとつ解けた。2009/08/26(水) 22:56:54」の追記に卜部氏の本業であるト占に触れて書いていましたね。「ト 高 子」の「ト」は卜部氏のト占だったのでしょう。


卜部氏ですね。藤原氏(中臣氏)とつるんでいたのは間違いないのでしょう。


フトマニ。

天児屋命を祖とする中臣氏(藤原氏)と天太玉命を祖とする忌部氏との繋がりも見逃せないですね。地元の大麻比古神社天太玉命様でもあります。
この時代の神祇官達の熾烈な争いは、忌部氏を没落させ、中臣氏の圧勝で終わり、後に藤原氏となって天皇をも操る巨大な勢力になっていったのでしょうね。皇室に精力的に女御を送り込み、摂関政治を行ってきた。・・・・

本系である中臣は神祇官を代々務め、伊勢神官など神事・祭祀職を世襲してきた・・・


忌部から出雲へ、出雲から賀茂へ、賀茂から橋渡しで中臣・藤原氏へと移ってきたわけですが、何故いきなり伊勢神宮になったのか、やっとわかりました。藤原氏が関係するからでしょうね。

随分前から私はこんな暗号を受け取っていたのでしょう。
今になって繋がってくるなんてね・・・


前にも書いたように、伊勢神宮と上下鴨神社は「対」となっているような気がしますから、ここは是非とも伊勢神宮へ参らなければならないのかも知れませんね。所詮、私が行っても何も変わらないとは思いますが・・・


それはそうと、あのゼッケンの文字 「川内」
今のところ鹿児島の原子力発電所しか「ん?」と感じるものが無いです。


こんなことだらだら書いて、もし5月6日の意味だとしたら、どうしよう?



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