「真言マントラ」

  • 2007/11/17(土) 09:17:18


「デーヴィッド・アイクの情報」
「つながっているこころ」(ふるいちまゆみさん)

ここもよく覗くブログですが、今朝、「マントラ」に関する記述を読みました。

>後になって、われわれはこれらの意味のない言葉、マントラが、神々の名前であることを知った。

インド、ネパール、チベット、中国、日本・・・様々な国で「信仰」されている世界三大宗教の一つですが、元となっているサンスクリット語は本来は「文字」「言葉」であるとされていますね。日本の仏教、真言宗には真言マントラがります。かくいう私も真言宗の家に生まれつき、今は「般若心経」やら「十三仏真言」やら「光明真言」やら、家にあるお経の本は一通り頭に入っています。(詳しくはリンクにある「仏教の勉強室」でもご覧下さい)

空海・・・また元に返るのですが、空海はサンスクリット語の「マントラ」を日本語に訳さず、そのまま日本語発音で表示し、人々に伝えました。「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだん まあかろしゃあだ そわたや うん たらた かんまん」これは不動明王の真言マントラですが、日本人が意味を理解しようとしてもさっぱり分かりません。ただの平仮名の羅列にしか見えないのですが、その威力は魔を退散させるほどの力を持ちます。

真言

いえいえ、私は宗教の勧誘をしているのではありません。神道仏教キリスト教も、みな繋がっていると思いますので、それぞれがその門を叩けばいずれ同じ所に辿り着くと思っているのです。玄関は無数にあり、それぞれがそれぞれの扉を開けて中に入っていくと、宗派や教典に拘らずとも互いに理解しあえる素晴らしい光の世界へ行けると思っています。

話がそれましたが、不動明王のマントラを低級霊界(地獄界とも言う)で唱えようとすると、喉を締め付けられ、声が出ないようにされます。唱える本人もまだまだ霊的レベルが低かったのでしょうけど、兎に角、低級霊はマントラを嫌います。般若心経を唱えても「へ」とも思わないようですが、マントラにはそれほど威力があるのです。「仏」の言葉だからです。これを必死で唱えようとすると、現界に突き返されたりします。これをやって、なんとか「のうまく さんまんだ・・・」と大声で唱えたと思ったら、いつの間にか現界に突き返され、大声の寝言になっていました。横に寝ていた夫はその度にびっくりして真夜中飛び起きたのです(笑)
「おん あみりた ていせい から うん」これは阿弥陀如来のマントラですが、阿弥陀様は慈愛ある救済の仏です。これを唱えると、霊界では真っ白の光が頭上から差し込んで来ます。一口に霊界で唱えると言っても、日頃から自分でモノにしておかなければ霊界では唱えることが出来ませんね。何故ならば、思念(想念)の世界だから自分の心に無いものは実現しないのです。

このように、念ずれば花開くのですね。「念」は心の「花」である。中には醜い花、キラキラと美しく輝く花など色々ありますが・・・

以上、私が経験してきた世界を書き並べながら、「マントラ」のご紹介を致しました。


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