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上一宮大粟神社調査報告会 その2

  • 2009/02/15(日) 11:43:25


たった一つの古来よりの神社を調べ、発表するには時間が短すぎますね。

ひとつ大学側も疑問を感じている点があります。阿波史、つまり古代からの歴史書がいくら探しても見つからないこと。こんな県は徳島だけだと言い、何故何も無いのか訝っているようです。あったとしても江戸、近代あたりからの資料だけで、確かに上一宮大粟神社の資料もその時代あたりからのものしか見つからないそうです。伝承、言い伝えを記した資料はチラホラ残っているようですが、肝心の史実に基づいた資料が消えてしまっている。伝承を繋ぎ合わせ、何とか形作るしか方法が無いらしいのです。
阿波の歴史を調べた先人達もこのことに触れていますね。何故無いのか?と。

これは、「宇宙と霊界と科学の接点」というHPにある「四国の剣山上に「モーセの契約の箱」あるのではないのか?」のページにも書かれていますが、明治以降「阿波風土記」は消失してしまって手掛かりがまったく無い状態だと言われていますね。まあ、モーセとか契約の箱「アーク」だとか、ノアの方舟までもが阿波に隠されているというお話は、眉唾で信じられないですが・・・(笑)
とにかく何か隠されてしまったのではないかと察するのはあながち間違いでもないだろうと思います。

「日本史のブラックホール・四国」

夫「徳島県人はアホやけん、みんな捨てちゃったんとちゃう?(゚∀゚ )」
私「んなアホな!隠されたんだよ。
  何か朝廷に具合の悪い物、事実があったんだ。そうに違いない!ヽ(゚△゚ )ノ」
夫「いや、アホやけん、あらエッサッサ~って捨てたの( ゚∀゚)」
私「故郷の歴史書を捨てるなんてそんなアホな県民、どこに居ますか!?
  絶対に隠されたんだってば!何もないのがおかしい!ヽ(`⌒´#)ノ」
夫「ここおるやん。お前。ぽけ~としとる徳島県人m9(^Д^)プギャー 」


・・・・( ` ω´)┌┛)`д) ;∴ていっ!


つまり、何らかの意図が働いて「死国」の中の「死国」阿波にされてしまったと考えるほうが素直に感じるのです。詳細に書かれた史書、阿波風土記なども闇に葬り去られてしまったのでしょう。
そして編纂された古事記を信じるよう強制されたのかも知れません。


こう考えないと、私が経験してきた色々な霊的現象の辻褄が合わないと感じるのです。言えばお話が長くなりすぎるので簡単に説明します。

阿波徳島を出るチャンスを何度も潰され、諦めて地元に住み着いた。ここ数年で剣山に登らされ、上一宮大粟神社に呼ばれ、これで用が済んだと思ったら今度は天岩戸別八倉比売神社へ行けと怒鳴られ、青くなって急いで行けば、その他の神社の印まで見せられ、また慌てて探って現場へ行く。(実は)今度は伊勢神宮へ参れと指示されているのです。お休みも取れず、お金もあまりないので実現できませんが・・・古代からの神々が神社を依代として、何かを伝えたいのだと感じていましたが・・・ただのおばやんですから、どうすればいいのか不明ですし、ただ呼ばれたなと感じたら行くだけです。実際は神気あたりになるくらいで何も起こりませんが・・・徳島県人である私に何かを知らせていると言えばそうなのでしょう。
阿波の古代の神々が私を阿波に縛り付け、依代である神社へ足を向けさせ、この歴史を知れとでも仰っていらしゃるのでしょうか。

ひとこと「そんあ難ひいこと、あたしゃふぁかりまへん・・・(涙)」

実際、上一宮大粟神社は近代神祇制度においても郷社のままです。第二次大戦中、県社に昇格できるよう努力したのですが、敗戦によりGHQの政策から廃案とされ強調文ました。大宜都比売命様をこの神社の御祭神とし、神山の神社が伴神八社として取り囲んでいる事実を見ても、上位に位置する神社であってもおかしくないと考えられますが、時代はそれを受け付けなかったのでしょうね。過去は過去として立派に存在しても、伝承だけで物的証拠が無いのは辛いところでしょう。

ただ、遠い遠い古代において、大切な何かがあったのだとしか今は言えませんね。


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