ククリヒメその後・その1

  • 2015/04/04(土) 20:16:07

皆様こんにちは。
4月3日に京都へ行って参りました。桜満開で雨降り。花見したいなれど、仕事?(笑)があるからそんな気分でもなく・・・
ここしばらく風邪が長引き下痢も酷く、体調悪かったので京都行きも心配だったんですが、何とか無事に参拝を終え徳島に帰って参りました。いや~、雨に濡れて大変だったどす!NMさん、心配して下さって有難う~!
御礼に(?)先に記事書きますね。←何ソレ?


さて、ここ暫くの間に見た夢のお知らせからまず始めたいと思います。話が長くなるのでその1・その2と分けるかな?(笑)










これについては皆様もお察しだと思います。あの世の子供達、今後日本に生まれてくるであろう子供達(本当は立派な霊人でしょう)からの伝言です。日本を守って、日本を住みやすい綺麗な国にして、あの方々はこことこことここら辺にいるよ、だからお願い。・・・聞こえましたか?


実はですね、ここ最近の日本においての夢見はずっと繋がっていたのです。


「ククリヒメ! 2015/02/04(水) 09:33:28」


ロシアやドイツ・フランス・アメリカなどと思いがけない夢見もあり混乱していましたが、こと日本のことになると始終一貫していたと感じました。

龍馬さん中岡慎太郎さんが来たり、安倍さんゼロ戦に乗っていたり、手にモールス信号のような記号がザザザ!と出たり、あの方々が掌に棒を並べて見せて下さったり、下が下がると取り除くよと仰ったり、雛祭りの女の子だったりセンメツだったり、戦没者慰霊碑だったりその他諸々がすべてある方向を指示されていたコトがわかったのです。それは昨日の京都でわかりました。


ククリヒメ様の声に驚き、調べて金沢かと書きました。しかしそこまでは行けないのは御存知やろうと思い、調べて見つかったのが京都霊山護国神社でした。

まずは写真を入れながら京都日帰り参拝のことから始めましょう。
スケジュールは京都霊山護国神社→ふと見つけた近くの霊明神社→龍馬さんや中岡さん達の墓地と順番を決めていました。


ここが護国神社入口の参道。この時私は何やら「違う、違う」と頭の中にありました。桜は満開で美しいのですが・・・歓迎されていない?ような突き放されたような感覚を持っていました。何かおかしい・・・神社ではあるけれど徳島の護国神社のような凛とした雰囲気が伝わってこない。清々しさのかけらも感じられない。(失礼)
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ここが境内。
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しかしまだ「違う」という感覚が強く働いていたので参拝する前にまず社務所ではないけれど、人がある窓口におられましたのでそこで聞いてみることにしました。この時、この写真はまだ撮っていませんでした。


「あの~、ククリヒメ様は御本殿におられるのですか?アメノミナカノヌシ様は?」
「は?・・・ク、クク・・・アメ・・ア?」
日本の神々様のお名前ですが?」
「・・・???・・・ちょ、ちょっと待って下さいね!^^;;」



アタフタと別の人を連れて来られたのでその方にお話をお伺いするとこの様に説明されました。

「ここは幕末以来の英霊をお祀りしている神社なのです。日本の神様はいらっしゃいません」

やはり・・・
ピン!ときて「あの、ではあの道を行ったところの神社にいらっしゃるんですかね?」

霊明神社。確かアメノミナカヌシ様ククリヒメ様がご祭神だったと記憶が。)

「さあ~・・・??」


一応形だけ参拝だけしてすぐさま霊明神社へ向かいました。歩いて1分もかからないところです。小さな神社だったと記憶していたのですが急いでいたので通り過ぎるところでした。


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ここです。この前に来てハッ!としました。
この階段・・・!道路を挟んで階段が下まで伸びていて、そこが小高い山であることがわかる。

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あの「ククリヒメ!」の夢にソックリでした。しかし桜の木々がない・・夢の中ではこの階段を稚児(巫女)が番傘差して降りて来たのです。桜吹雪の中を。私は少し上空からそれを見てました。


すぐに見つけた桜の御神紋。やっぱり!

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霊明神社由来。(実は急いでいたので桜の神紋だけ左に見て看板を見落としてました。こんなデカイもんが目に入らないとは・・・後で気付いて写真をパチリ!)
神名を見て下さい。

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神社の石柱「志の聖地 霊明神社」「神葬(かむはふりのわざ)の原郷(ふるさと)」とかいてあります。

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本殿、サルタヒコ様の御神石。

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まことに小さな神社なので隅々まで見ても1分あれば事足りるくらいです。初めて参拝させて頂きました。感謝を述べ、今後の日本を御守り下さいと手を合わせました。

看板が目に入らなかった私は(←アホ)詳細を知りたくて「御用のある方は押してください」と書いてあった呼び鈴を押してみました。出て来られたのは神主様の奥様でした。色々お話して下さいました。私の問いかけに時々奥様もわからなくなるらしく、背後から声だけで説明して下さるのは神主様でした。出て来られる気配なし。面倒くさいんやろか?しかし段々と神主様が口を挟む回数が増えて来た・・・(苦笑

そしてこの神社の由来、歴史、こちらの神々様のこと、志士達のこと、仏教と神道、この辺り山を含めた一帯が霊明神社の所有だったこと、現在の東京都の靖国神社京都霊山護国神社が元であるということ、霊明神社所有だった護国神社は日本政府によって分けられ1000坪ほどあった所有地がわずか数十坪の現在の所有地にされてしまったこと、竜馬さんと中岡さんは確かにあのお墓の下に棺桶に入れて埋めたこと、あの階段だけが古くからある「道」で彼らはあの道を棺桶に入れて運んだということ、仏教は渡来系で神道は日本人の元の信仰であること、霊山護国神社は元々は霊明神社が持っていて祭典もすべて霊明神社が執り行っていたこと、はふりのことなどなどお伺いしました。

沢山お話して下さる神主様ご夫妻に気を良くして嬉しさのあまりついつい「実は夢見で見たんですよ、ここを。ククリヒメ様という声が聞こえたので探してここまで徳島から来ました」とお話しました。夢見では巫女さんのような稚児達が3人ほど番傘差して階段を下りて来た、桜吹雪がたくさん舞っていたと伝えましたら少し驚かれておられたようですが、階段横に桜が見えないと切り出したらこうおっしゃいました。

「いえね、ほれ、隣にホテルが出来てますやろ?それで不便やからと道も整備したんやけどね。昔は辺り一帯山で鬱蒼とした緑だけだったんや。貴女が歩いて来た道も昔は山の中だったんやで。道を広げるにあたり先代が桜が大きいなりすぎて根が張り過ぎやからって切り倒したんや。場所とるからな。ほれ、その階段の横にも何本も大きな大きな桜があったんやで。・・・・あの世の人は自分が生きていた時代しか知らへんから、そんな風景を見せたんやろな」


納得。

ここだったんですね、来て欲しいとお見せになった場所は・・・

参考に。↓

霊明神社(東山区) http://everkyoto.web.fc2.com/report930.html
「京都風光・京都寺社案内」さんより http://everkyoto.web.fc2.com/index.html )

幕末殉難志士を弔祭した霊明神社 http://hananomichi.at.webry.info/201110/article_1.html
「幕末散歩」さんより http://hananomichi.at.webry.info/ )




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