中国北方の二つの地名とは何か

  • 2012/06/03(日) 10:26:44

**********************************************************************

2012/5/3


~ビジョン?~


中国の地図

中国 北方 二つの地名? 読めない漢字二文字

○○―○○ 繋がってる?

(声) 「シンガポール!」 



     (意識消滅)


**********************************************************************

んもう!また中国かッ!さっぱり意味わからんわッ!!


・・・早速調べてみました。地理的にどこか探しただけですけども・・・


「拓跋」「突厥」あたりが怪しい気がします。


「拓跋」に由来する呼称
”7世紀末から8世紀初頭の突厥(第二突厥帝国)の人々が残した古テュルク文字の碑文において中国の人々を指して使われている呼称に「タブガチュ(タブガチ、Tabgach、Tabγa?)」があり、北中国に北魏を建てた鮮卑の拓跋部、拓跋氏に由来すると考えられている(白鳥庫吉やポール・ペリオらの説。桑原隲蔵は唐家子に由来するとの説、つまり唐由来説を唱えた)。”
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD


「突厥」
”突厥(漢音:とつけつ、とっけつ[1]、?音:T?jue、古テュルク語:【Turuk】[2]、【Turuk】[3]、トルコ語:Gokturk【ギョクテュルク】)は、6世紀に中央ユーラシアに存在したテュルク系遊牧国家。もともとはジュンガル盆地北部からトルファン北方の山麓にかけて住んでいた部族[4]で、柔然の隷属の下でアルタイ山脈の南麓へ移住させられ鍛鉄奴隷として鉄工に従事した[5]が、552年に柔然から独立すると、部族連合である突厥可汗国(突厥帝国などと呼ばれることもある)を建て、中央ユーラシアの覇者となる。582年には内紛によって東西に分裂した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AA%81%E5%8E%A5

250px-GC3B6kturksAD551-572.png (wikiより)

800px-Asia_600ad_2.jpg (wikiより)
7世紀の東西突厥。Western Gokturk Khaganate=西突厥、Eastern Gokturk Khaganate=東突厥、Chinese Empire(Sui Dynasty)=隋、Tuyuhun=吐谷渾、Persian Empire(Sassanid Dynasty)=サーサーン朝



中国は北部、モンゴル近郊あたりの二つの地名は「―」で繋がっていました。

とすると、「突厥」がそれらしい気がしますね。他に何かあるだろうか?


ちなみにシンガポールを漢字で書くと、日本なら「新嘉坡」中国なら「新加坡」台湾なら「新加坡、星加坡」
シンガポールは華人(中華系)が76.7%、マレー系が14%、インド系(印僑)が7.9%、その他が1.4%となっている。
宗教は仏教が圧倒的に多い?



ここまでしかわかりません。難し過ぎるし、何を示しているのか今のところ意味不明。あ~、朝っぱらから疲れます~ orz


追記 
ああ、ごめんなさい。「Mー75°」の記事がまたしても書けませんでした。


追記の追記(2012/5/4

あはは。この記事に関する夢解析は忠武飛龍さんが解いて下さったようです。
もうね、苦手な中国史は彼に任せたいくらいです。さっぱいわかりませんもん。
詳しくはコメント欄をご覧あれ。

皆様に多大な恩恵を受け、私は幸せ者です。ホンットに感謝致します。
有難う、有難う!

さあ、皆様、一歩踏み出しましょう。日本が大好きで愛しているならば、何もかも含めて日本を守りましょう!(o^▽^o)/ どすこい!


(文字がデカすぎたので訂正しました。)(2012/6/4 午後23:10)すみません。





(2012/5/4 pm23:33)
なんとタイムリーな!@@/

天安門事件、再評価せず=米声明に「強烈な不満」―中国//
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120604-00000128-jij-int

時事通信 6月4日(月)18時44分配信

 【北京時事】中国外務省の劉為民報道局参事官は4日の定例記者会見で、1989年6月の天安門事件から同日で23年を迎えたことを聞かれ、同事件を「政治風浪(騒動)」と呼ぶ一方、「党・政府はとっくに政治的結論を出した」と述べ、「動乱」との評価に変わりがないことを改めて確認した。
 劉参事官「改革・開放30年余で中国の経済・社会面の発展は重大な成果を得た」とした上で、「こうした事実は、われわれの歩んだ中国の特色ある社会主義路線が国情に符合し、多くの国民の根本的な利益にかなっていることを表している」と強調した。
 また米国務省が、天安門事件で罪に問われて服役中の全活動家の釈放を求めるなどした声明を発表したことに関して「中国の内政に干渉するものだ」と批判。「強烈な不満と断固たる反対を表明する」と述べた。


はあ、いつものことですがね。そのくせ日本の内情に顔を突っ込むのはいかがなもので?日本人はみんなそう思ってますよw


  • ジャンル:

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

平城京

拓跋は、中国南北朝の北魏を立てた人たちです。

で、平城京は、北魏の当初の首都です。

飯山さんのサイトで「今上さんが、平城京の記念行事がある」と温華宝さんにいうと、温首相が仰天した」
とか。

中国は自国の東北地方の開発を目論むので、中国からしたら、「よく見てるな・・」ということのようです。

あと「突厥」は、当時最大の帝国。でありながら内紛中に唐の太宗の軍師李靖率いる最強の騎兵隊で一度滅亡させられてます。
ちょうど、この太宗時代の年号を、日本でも平安時代に使ってます。「貞観」と。
ついでに、この貞観時代の太宗と家臣の言行・問答を記した「貞観政要」ですが、頼朝・家康・そうして明治天皇も、「治世の参考に」よく読んで学んでます。
そうそう、あのエキセントリックな「革命論」でもある日蓮さんも、政治研究で熟読しているように思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%9E%E8%A6%B3%E6%94%BF%E8%A6%81


昭和天皇が、「ドイツ帝国が滅びたのは、創業があっても、守成をしなかったから」といってます。
まあ日本も同様なようなもので、あの戦争に負けて、バブル後の「マネー敗戦」もあったようです。
家康がいかに偉いか!!

そういえば、李靖は、中国では「毘沙門天」の信仰に影響を与えてます。
タク塔李天王は、李靖という名前で、毘沙門天の影響を受けた神様です。

http://www.geocities.co.jp/Milano-Killer/4611/risei.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E9%9D%96

日本の貞観時代は・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%9E%E8%A6%B3_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)

富士山の噴火と打ち続く地震の時代。
冤罪でもって藤原氏が「専横」する時代の始まり・・・


中国は好きですし、半島は嫌いではないですが、「社会レベル」なら、
「友人でいたいが、家族には成りたくない」
ですよね・・
個人個人では、素晴らしい人も沢山いますけどね・・。

まあ「友人」だから、「妙薬は口に苦しのごとく、忠告は耳に痛し」のような痛い言葉を容赦しませんがね。

ではまた。

  • 投稿者: 忠武飛龍
  • 2012/06/03(日) 21:38:24
  • [編集]

どうやら、貞観?

やはり貞観でしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%9E%E8%A6%B3_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)

日本の貞観時代は、あちらのようにはいかないで、多難な政治的混乱と、政争に、外寇に、天災。富士山噴火に、播磨の地震って阪神淡路大震災!!

当時の日本は、英雄の李世民のような人はいないし、三蔵法師に匹敵するお大師さんや最澄さんは、入滅・入定してますし・・。

まあ、現在は、こちらには小沢一郎が居るし、今上さんは多分史上もっとも仁慈ある「天皇」のようですし、民度も低くないから、今度は「貞観の「盛世」」をこちらで、一回り上級なリバイバルをしたいものです。
あちらではしばらく無理みたいですからね・・。

ではまた。

  • 投稿者: 忠武飛龍
  • 2012/06/03(日) 21:48:24
  • [編集]

Re: 平城京

こんにちは、忠武飛龍さん^^/

ああ、もう!苦手な漢字ばっかりで頭が痛いです(TT)
何であの方はこんなお馬鹿に中国なんか見せるかな~?と思う次第です。

日本の貞観という年号は太宗時代の年号を使用していたんですね。
なるほど・・・
太宗時代の中国北部は良い治世だったんですね・・・

ここ、見習えということでしょうか?
そりゃそうだ、あの当時の中国から影響されっぱなしの日本だったのに、なぜ現代はうまくいかないのか考えろってこと?

現代の官僚・政治家にはこんな治世を勉強した人なんかいないんでないの?

  • 投稿者: coomi
  • 2012/06/04(月) 10:29:25
  • [編集]

Re: どうやら、貞観?

なるほど。やはり貞観時代ですか・・・

そうですね、そのように日本がリバイバル出来たらいいですね。^^

モノは捉えよう、こんな時代だからこそあんな時代に変えなければなりませんという教えだと思いたいですね。

入り口は貞観時代の再来に入ってますが、ここんとこ辛抱して日本は踏ん張りましょう!日本人だからこそ踏ん張れるんですよ!

こんなこと仰っておられるのかも知れませんね。

  • 投稿者: coomi
  • 2012/06/04(月) 10:36:58
  • [編集]

マハティール元首相。

シンガポールだったか、マレーシアだったか、のマハティール元首相が
「日本はアメリカに盲従するな!」って一喝してましたよね。

シンガポールは山下奉文将軍が前の戦争の時陥落させましたが、戦後に処刑。
戦犯ってことですが単純に「敗軍の将」ってことでしょう。

インドネシアは今村均将軍が攻略して、軍政を敷きました。
大変公正で穏健でかつインドネシア民衆の民生は安定したので、戦後も評判が高くて、戦犯裁判の時に死刑になりかけた今村均を救出する作戦もありました。
徳は弧ならず。っていうか「情けは人のためにならず」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E6%9D%91%E5%9D%87
・・・・・・・・・・

攻略の際、オランダによって流刑とされていたインドネシア独立運動の指導者、スカルノとハッタら政治犯を解放し資金や物資の援助、諮詢会の設立や現地民の官吏登用等独立を支援する一方で、今村は軍政指導者としてもその能力を発揮し、攻略した石油精製施設を復旧して石油価格をオランダ統治時代の半額としたり、オランダ軍から没収した金で各所に学校の建設を行い、日本軍兵士に対し略奪等の不法行為を厳禁として治安の維持に努めるなど現地住民の慰撫に努めた。かつての支配者であったオランダ人についても、民間人は住宅地に住まわせて外出も自由に認め、捕虜となった軍人についても高待遇な処置を受けさせるなど寛容な軍政を行った。

戦争が進むにつれて、日本では衣料が不足して配給制となり、日本政府はジャワで生産される白木綿の大量輸入を申し入れてきたが、今村はこの要求を拒んだ。今村は白木綿を取り上げると現地人の日常生活を圧迫し、死者を白木綿で包んで埋葬するという宗教心まで傷つけると考えたからである。これは政府や軍部などから批判を浴びたが、その実情を調査しに来た政府高官の児玉秀雄らは「原住民は全く日本人に親しみをよせ、オランダ人は敵対を断念している」、「治安状況、産業の復旧、軍需物資の調達において、ジャワの成果がずばぬけて良い」などと報告しジャワの軍政を賞賛した。

・・・・・・・中略・・・・
今村が戦後連合軍に囚われた際、スカルノを指導者とするインドネシア独立軍(インドネシア独立戦争)による救出作戦の計画があり(今村本人が謝絶)、現地住民の多くは裁判で今村を擁護した。また今村は部下の裁判に率先して弁護に赴いては「戦時中の全ての責任は自分にある。部下には責任は全く無い」旨の証言を繰り返して部下を擁護し、それにより刑が減軽されたり無罪になった部下も多かった。

・・・・・・・・・・・・・・・・

三国志の話では公正で穏健な民生をした郭淮は、嫁さんが中央の政争の煽りで「死刑」になりかけたところ、異民族までも嫁さんの助命嘆願があったので、不問になりました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%AD%E6%B7%AE
・・・・・・・・・
郭淮の妻は王淩の妹であったため、妻は罪人として中央に召し出されてしまった。郭淮の配下や周辺の部族の長は挙って郭淮の下へ押しかけ、助命を嘆願したが、郭淮は聞き入れなかった。妻が雍州を離れる際になり、郭淮の子供たちが額から血を流すほどに叩頭して請願したため、郭淮はそれを見過ごすに忍びず、妻を取り返した。そしてこの件を司馬懿に言上し「子供らが母親を哀れみ、もし母親を失えば彼らも亡くなるでしょう。そして子供らが亡くなれば、また私もないことでもあります。故に妻を取り返してしまいました。これが法律上成立しないのであれば、私も然るべき罪に服す所存です」と述べた。司馬懿はその言を受け、彼らの罪を不問とした(『世語』)。
・・・・・・・・・・・・・

中国もだらしがないですが、アメリカはこの20年は「エセ民主主義」が国是。リビア・シリアで虐殺・略奪の悪行をしているアメリカに文句を言われると中国も「お前が言うな!」ってことでしょうな。
独裁国家と偽民主国家。妖怪と悪魔・・・。


ではまた。

  • 投稿者: 忠武飛龍
  • 2012/06/07(木) 09:18:49
  • [編集]

Re: マハティール元首相。

こんにちは、忠武飛龍さん^^/

いや~、すごく参考になりましたし、タメになりました。有難う!
それにしても民衆、民というものはよく見ているのだなと思います。
民を想うその気持ちが民を動かすのですね。
こんなでっかい「力」は他にありませんね。

神とは民衆の善である。そう思います。たまに悪神とも成り得る。

お互い様のどっこいどっこいの悪神の親玉、中国・米国。
しかしながら、関係ないね!と知らんぷりするのは愚の骨頂。
今まさに日本は「愚」に成り下がっているようです。

動かすのは日本の民衆。それしかないように思うのですが・・・

  • 投稿者: coomi
  • 2012/06/07(木) 09:55:00
  • [編集]

コメント投稿

管理者にだけ表示を許可する