天山南路という道

  • 2012/04/26(木) 16:34:44


「シルクロードの脇道には部族がいる 2012/04/19(木) 11:24:55」
http://aoiroenpitu.blog98.fc2.com/blog-entry-1121.html

で書いたシルクロード。以前に見ていた西安の部族の男性中東系のお顔でした。私はこの時、あの無言で見つめた男性はイエス様だと思ったのですよね。

ウエハースを差し出す白い衣の手、かじると雪のように溶けたウエハース。
・・・・マナだと思った。

「西安 2011/07/03(日) 11:42:59」
http://aoiroenpitu.blog98.fc2.com/blog-entry-1009.html

では空海様などにも触れ、繋がってると書きました。


面白い話で、失われた十部族はシルクロードを通ったのではないか?と思うのです。そしてそれぞれがあらゆる地方に散らばった。
そこに永住し、子孫を残していったと。

4月19日のシルクロードのビジョンはそれを伝えているのではないかと。
そして今、その子孫達は食べることもままならない状態でいる部族もあるのではないか?と。


日本・ユダヤ封印の古代史
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/tokehon.htm

まあね、シルクロードは誰もが通った道ではあるけれど。
古代からこの道はよく利用されていたようですし、イエス様がお通りになっても不思議ではなく、国を出た十部族が本当にいたとしたら、やはりこの道を通ったのではないかと思うのです。何せシルクロードは紀元前数百年?前からあったのですから。


「道からはずれた人々」と聞こえたのは、シルクロードのすぐ側で定住を決めた人々を指しているのだと思います。イスラム教・ユダヤ教・仏教など遺跡にその痕跡が見られるのは当然かなと。

よく見てみると、1世紀のシルクロードは日本にも繋がってますね。
当然でしょう。日本から西安に向かう道があったから空海様も西安に向かうことが出来たのです。


その道はイスラエルから日本まで繋がっている。


Transasia_trade_routes_1stC_CE_gr2.png
(wikiより)紀元1世紀頃


チベットと日本は因子がよく似ていると言われます。
もしかしたら日本人はチベット人と本当に同族なのかも知れませんね。
それを分けたのがシルクロードなのかも知れません。


私が見ていた道は天山山脈タリム盆地の間を走る天山南路だと思います。
オアシス路と呼ばれる道ですね。何となくそんな気がしました。

”敦煌からトルファン経由と楼蘭経由の2つのルートでクチャに至り、更に天山山脈の南側=タクラマカン砂漠の北側を通ってカシュガルに至るルート”

「シルクロード研究(1):基礎編」
http://www.geocities.jp/jukutabi2/newpage18.htm

「旅の研究」さんより http://www.geocities.jp/jukutabi2/newpage12.htm


日本人のルーツなのかな?
もっと深く調べないとよくわかりませんね。
取り合えず、お腹空かせた子等には飯ですよ、飯ッ!!



  • ジャンル:

この記事に対するトラックバック

この記事のトラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事に対するコメント

コメント投稿

管理者にだけ表示を許可する