厳島神社の内待橋

  • 2012/02/09(木) 14:34:38

「また貴船が呼んでる 2012/01/28(土) 10:56:59」
http://aoiroenpitu.blog98.fc2.com/blog-entry-1095.html


で書いた朱塗りの回廊「キフネ!」の声がわかった様な気がします。

やはり厳島神社でした。

私が見ていた回廊は、海の水が引いた(引き潮)内侍橋 (ないしばし)

itsukushima_naisibasi.jpg


社団法人宮島観光協会 |観光スポット|嚴島神社|より
http://www.miyajima.or.jp/sightseeing/ss_itsukushima.html

7e63 (厳島神社)内侍橋
http://yutaka901.fc2web.com/page7e63.html

宮島びより
http://itsukushima.ti-da.net/e3084378.html



神社の規模は大きいと感じていましたが、回廊と回廊の間にある橋?は小さなものだと思っていました。まさに厳島神社本殿に架かる二基の内侍橋がビジョンで見えた回廊そのもの。
この橋に空中からググッ!と近寄って行ったて見たのです。
水が引いていたので高床式に見えたのでした。

神子、巫女が通る。そんな気がしていました。



内侍 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E4%BE%8D#.E5.8E.B3.E5.B3.B6.E7.A5.9E.E7.A4.BE.E3.81.AE.E5.86.85.E4.BE.8D

厳島神社の内侍
”厳島神社の女性神職(巫女)で、神事のほかに、同神社に参籠する貴人の旅情を慰めるために今様を朗詠したり舞楽などを行った。『厳島道芝記』の社家供僧内侍並諸役人神人之名の条には、一から八までの内侍の名を挙げ、これを「八乙女」と称し、また「本内侍」と称したことが見え、このほかにも「和琴内侍」や「韓神内侍」など、その数は十数人にも及んでいた。なお、平清盛の第7女で後白河院に召された御子姫君は、安芸守時代の清盛と、厳島内侍の間の子であるという。”


さて、このビジョンの中で聞こえた「貴船!」の声。

厳島神社宗像三女神を祀る神社であり平清盛が久安2年(1146)安芸守に任官され、平家の氏神として尊崇し、平家一門の権力が増大するにつれてこの社を尊崇する度合いも増し、社殿を現在の姿に造営した神社であります。
今、NHKでドラマやってますね。見てますよ。

平清盛 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%B8%85%E7%9B%9B

しかしながら、平清盛貴船神社の繋がりが見えない。当然、厳島神社との繋がりも見えませんでした。京都では六波羅、三十三間堂、清水寺、八坂の塔、八坂神社などのゆかりの地はありますが、貴船とはどんな繋がりが?
(ああ、そう言えばここのところ東山界隈・祇園界隈にばかり行ってる)

ありました。

源義経 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E7%BE%A9%E7%B5%8C

牛若丸は父である源義朝平治の乱平清盛に殺され、鞍馬山の鞍馬寺へ隠れ住む。やがて奥州平泉に下り奥州藤原氏の庇護のもと平氏打倒の狼煙を上げた。
そして源平合戦として歴史に残り平氏・源氏の戦いは時を経て現代にも繰り返されている。

鞍馬寺貴船神社のすぐお隣。貴船から鞍馬へ歩く方が鞍馬寺へ向かうには早いと言われるらしいので(そうなんですか?)義経貴船にはよく参拝していたのではないだろうか?



「キフネ」「貴船」と脳内で変換した結果、源氏と平氏の源平合戦に繋がったのですが、では「木船」あるいは「木舟」と変換した場合はどうでしょうかね~?ありますかね~?

ありました。


社団法人宮島観光協会 |行事|管絃祭|
http://www.miyajima.or.jp/event/event_kangen.html

”古くから都では、貴族が池や河川に船を浮かべ、優雅な「管絃の遊び」をしておりました。嚴島神社を造営した平清盛はこの風習を嚴島神社に移し、遊びではなく神様をお慰めする神事として執り行うようになりました。従って河川でなく瀬戸の海を舞台に雄大に繰り広げられるダイナミックな平安絵巻を思わせる海に囲まれた宮島ならではの優雅な祭りとなりました。”

”管絃祭の御座船を曳航する名誉ある役目は、現在も広島市の江波にある漕伝馬保存会と呉市の阿賀漁協が引き受けています。
管絃祭の前後約一ヶ月、宮島の桟橋前広場でその雄姿をご披露している管絃祭のもう一方の主役とも言えるこの御座船を曳航する曳き船は、1998年に新造船の完成により現役を退いた江波の曳き船一艘と阿賀の曳き船二艘です。
今は陸地から厳島神の船渡御の無事を祈る役目を担っております。
いずれの船も最近では見ることのできない木造船です。
櫂であり櫓である古式船の繰船技術は、木造の造船技術と共に日本人の貴重な文化的財産です。


”祭典後、管絃船は宮島に向かい、長浜神社、大元神社で順次祭典を行い、大鳥居をくぐって客神社前で祭典と管絃があり、さらに狭い枡形に入り一気に御座船を三回廻りながら管絃を奉奏します。
このダイナミックな儀式が嚴島神社管絃祭のクライマックスであり、参拝客の興奮した声と拍手は、潮の香りのする廻廊にこだまし、夜空には満月が輝きます。
この儀式が終わると神様は本殿に還御され、真夏の瀬戸の海を舞台に繰り広げられた一大平安絵巻は幕を閉じます。”


ああ、船だ。木造船の「木舟」だ。
TVで見たことがあります。厳島神社の大鳥居をくぐって本殿へ向かう船神事ですよね?
確か回廊の枡形(回廊で囲まれた狭いところ)に入ってぐるぐる船を回すのですよね?


厳島神社の内待橋、木舟、貴船。
貴船神社玉依姫様黄船でしたっけ。・・・・

こんなところかな?



厳島神社には15年?くらい前に訪れたことがあります。
当時、会社の研修で広島に2週間、2週間で合計1ヶ月滞在したのですが、休日はヒマなので広島在住のチャット仲間の友達に連絡をして広島を案内して頂いたのです。

広島のお好み焼きを食べたり原爆ドームを呆然と見つめたり、呉で海上自衛隊の船を眺めたり・・・そして宮島の厳島神社へ向かったのでした。

友人は大鳥居を不思議な顔をして眺めます。キョロキョロしてます。
自分の腕時計を見つめ、ぶつぶつ言いながらまた大鳥居を眺めます。

「どしたん?」
「うん、ちょっと・・・あれ~?」


何故不思議な顔をしていたのか疑問は解けました。

「満ち潮の神社を見せてあげたかったのに・・・時間もちゃんと新聞で調べたのに・・・満ち潮の神社は綺麗なんじゃが・・・(水が引いとる)・・・」

どうやら、満ち潮であるはずの時間に引き潮になっていたのが不思議だったようです。こんなことってあるのか?と。

何も考えてない私は「へえ~?」と阿呆ヅラで友人を眺めてました。

「ま、こんなこと二度と無いからちゃんとお祈りしなさいね。一生に一度あるかないかの機会だからヽ(^^;」
「は~い!(´▽`)/」


大鳥居まで歩いて行き、大鳥居にタッチ!抱きつき~!で楽しく過ごしました。


時間の読み違いではないかと聞いたのですが「いや違うけえ!ちゃんと時間は調べたんじゃけえ!」と言い張る友人。

初めての厳島神社にこんなミステリーが仕組まれていたとは知らぬ存ぜぬの当時のアテクシ。・・・良い思い出でした。今も友人とは年賀状のやり取りは続いてますのんよ。(´▽`)


追記

へ? では、貴船神社ではなく厳島神社へ来なさいと?
ああ、そうでしたか。



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この記事に対するコメント

厳島と牡蠣カレーは、精神病に効く。

厳島神社は、神仏にあまり興味が無く、毛利元就にも興味が無い学生時代に、父に連れられて家族で行きました。

あまり記憶はないですが、本殿・拝殿・大鳥居のすごさは覚えてます。


5年ほどまえに、姫路で知り合ったある人は、パニック障害を持っていて、兵庫県外にでるくらいの遠出をするには、その薬を飲まないと、外出できない人でした。
ですが、その人が、厳島・宮島に参拝して、そこの名物の「牡蠣カレー」を食べると、なんとパニック障害の薬を飲まなくても平然と旅を終えれたそうです。
同様の経験は「お遍路バスツアー」で1番から6番まで日帰りで参拝した時だけだそうです。

宮島に弥山に「消えずの炎」があるとか。空海が護摩を焚いて以来、今まで伝承されて消えてない火とか。

パニック障害に効くくらいだから、結構霊力というか癒し力が抜群なのでしょうね。

ではまた。

  • 投稿者: 忠武飛龍
  • 2012/02/10(金) 09:59:55
  • [編集]

Re: 厳島と牡蠣カレーは、精神病に効く。


お早うございます、飛龍さん^^/

なるほど。水の神様は癒し効果があると実感できる体験ですね!^^
私も厳島神社へ参拝するきっかけは友人からであり、当時は霊界だとか神界だとか全く興味が無い時代でした。癒されます、あそこは。私は水系かも。
ある神主さんの弁によれば、その神社へ知らずに向いてしまうのはご縁があるということで、神様がお呼びになるのだとか。

パニック障害のその方も呼ばれたのかも知れませんね。早く良くなって欲しいと願います。
牡蠣カレー、食べてみたいです。美味しそう・・・ジュルッ!

宮島に旅行するときは弥山に登らなければいけない、宮島はそこが一番大切な所だと伺ったことがあります。
「消えずの炎」は空海様の時代から続く火ですが、色々な場所へ火を伝えているそうですね。確か、東日本大震災の火もそうだとか。
感慨深いものがあります・・・

飛龍さん、いつも有難うございます^^

  • 投稿者: coomi
  • 2012/02/11(土) 09:59:48
  • [編集]

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