検証 トンネルの穴と宗麟と風林火山

  • 2011/11/18(金) 22:47:30

「風鈴?風林? 2011/11/14(月) 11:27:00」
http://aoiroenpitu.blog98.fc2.com/blog-entry-1074.html

で書いた峠のトンネル発見しました。しばらく時間がかかりましたが、もうここしかないといった塩梅です。

福岡県から大分県に跨る大分県道・福岡県道109号福土吉富線です。
この県道の福岡県側大入隧道があります。福岡県側から見た隧道の入り口
雁股峠。


大入隧道
http://www.geocities.jp/pintruss/doboku/tunnel/oiri.htm
「近代土木の散歩径(弥生の森の散歩径)」さんより勝手にリンク。
http://www.geocities.jp/pintruss/doboku/doboku.html


福岡県道を行く!(一般県道福土吉富線(109)
http://road.mentai.info/kendou/fukuoka/100/r109/
「福岡県道を行く!」さんより勝手にリンク。
http://road.mentai.info/kendou/fukuoka/


”福岡県と大分県を結ぶ雁股峠の大分県側は整備が全く施されておらず、車両の通行が不可能な状態(いわゆる廃道)となっている。この区間を車両が通行することはできないため、東側を走る福岡県道・大分県道111号東上戸原線を使用すれば回避できる(但し、東上戸原線も車両の通行がやや困難な幅員がやや狭隘の道路である)。雁股峠を結ぶ大入トンネルは完全な素掘りの状態であり、福岡県側も麓までは離合が困難な狭隘道路であるため、この道路を使用して別の県を移動するのは不可能に近い。” (wikiより抜粋)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%88%86%E7%9C%8C%E9%81%93%E3%83%BB%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E9%81%93109%E5%8F%B7%E7%A6%8F%E5%9C%9F%E5%90%89%E5%AF%8C%E7%B7%9A#

福岡県からは何とか車両で侵入できるようですが、大分県からは廃道となっているため通行不可。険しく荒れた山道となっている模様。

地図を作ってみました。赤丸のところにあります。大入トンネル。
dainyuzuidou.jpg




やっと場所はここと決まったものの、あの声で聞こえた「ふりん(ふうりん)とうげ!」が引っ掛かったので困りました。

不倫?・・・・????・・・違うだろうという直感。

風鈴?風林?

風鈴? 全国くまなく探しても風鈴峠などは見当たらない・・・
ならば銅鐸? 銅鐸分布図を検索しても九州には1~2個しか発見されていない・・・???
doutaku.jpg



風林? もしかして「風林火山?」 武田信玄??

ここで気付いたのが九州の戦国武将の存在。


大友義鎮・大友宗麟(おおともよししげ・おおともそうりん)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8F%8B%E5%AE%97%E9%BA%9F
Otomo_Sourin_Statue_at_Oita_Sta.jpg



大友宗麟は現在の大分県・豊後国の戦国大名でありキリシタン大名。九州の戦国武将の中でも勢力を拡大し、大内氏毛利氏をかわし北九州東部を平定した強者。

大友宗麟とどこで風林火山・武田信玄に繋がるかと言えば、武田信玄の伝説的軍師・山本勘助。

”勘助は10年の間、中国、四国、九州、関東の諸国を遍歴して京流(または行流)兵法を会得して、城取り(築城術)や陣取り(戦法)を極めた。後に勘助が武田信玄に仕えたとき、諸国の情勢として毛利元就大内義隆の将才について語っている(萩藩の『萩藩閥閲録遺漏』の中に子孫を称する百姓・山本源兵衛が藩に提出した『山本勝次郎方御判物写(山本家言伝之覚)』がある。それによると勘助は大内氏に仕えていたが天文10年に妻子を残して出奔したとあるが、その後の話に辻褄が合わない部分もあり裏付けに乏しい)” (wiki山本勘助より抜粋)

毛利氏は豊後国の大友宗麟豊前国の取り合いで戦っているが、大友氏と和睦しつつ尼子再興軍を雲伯から一掃することに成功し、その後その和睦によって博多の支配権を大友宗麟に譲る結果となった。

大内氏大友宗麟の母方の出自であり大内義興の娘と言われている。
おそらく大内氏の元でも山本勘助は戦術を学んだのだろう。


山本勘助川中島の戦いで戦死。・・・・・


やがて時は下り大友宗麟島津義久(鹿児島・薩摩)日向を争って戦ったのが「耳川の戦い」


耳川の戦い 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%B3%E5%B7%9D%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84


熾烈な戦いの後大友氏は多くの家臣を失い11月12日豊後へ陸路で敗走
11月14日、日向は島津義久が勝ち取り島津領となる。


それ以来大友氏は衰退の一途を辿る・・・
最後近くに助っ人豊臣秀吉率いる軍が九州征伐に乗り込んで来たが、島津家降伏直前豊後国津久見で死去。・・・・


11月14日はこの大入隧道のトンネルの夢を見た日。

宗麟は洗礼を受けた後「ドン・フランシスコ」と名乗り、書状の署名には「府蘭(ふらん)」と書いていた。


ふらん=ふりん=ふうりん=そうりん


大入隧道のある雁股峠の山(雁股山)には室町時代、大友氏に属していた畑山氏の城・雁股城があったらしい。現在もその痕跡があるそうな・・・



結論。今もいるかもよ、暗く細い大入隧道のトンネルの中に思念の塊。






追記(2011/11/20 am11:00)

コメント欄の忠武飛龍さんの書き込みで感じたこと。


>そうそう耳川の合戦で、宗麟の軍師が「これは負ける」と自殺してましたか。
道雪は、
「キリスト教を信仰するなとは言わない。だが、領内や日向の神社・仏閣を、「信仰の証」と破壊したら、いったい、兵士や将は、何をよりどころに戦に臨むのか。人心は離れ、日本の神仏の加護を得られない。到底勝てる戦ではなかったのに・・」
と述回してます。

道雪の悔恨・痛恨のボヤキは、なにか今の日本・世界の実情への「警告」に私には思います。




立花道雪宗麟の信頼のおける側近であったため、宗麟には辛辣な苦言を度々諫言している。

「キリスト教を信仰するなとは言わない。だが、領内や日向の神社・仏閣を、「信仰の証」と破壊したら、いったい、兵士や将は、何をよりどころに戦に臨むのか。人心は離れ、日本の神仏の加護を得られない。到底勝てる戦ではなかったのに・・」

”大友宗麟はキリスト教信仰に深入りした余り、神社仏閣を徹底的に破壊する、金曜日・土曜日には断食をする、それまで家に伝わっていただるまをも破壊するなどという行為も行なっている。 ”


これですね。
夢の中の大入隧道トンネル内にいた暗闇でうごめく不気味な奴等丸いテーブルの上に祭壇を作ってました。一本足の大きな重いテーブルですよ。
私はその上にドン!と立ち、祭祀の道具を片っ端からメチャクチャに破壊。
逃げていった奴等は四つん這いのガーゴイルに似た魔物。洋魔。 



まさしくその通り。
私はおそらくキリスト(教)系の洋魔を蹴散らしたのだと思ったの。
一時的に蹴散らして退散させたはいいけれど、またいつ戻って来るか知らない。



追記の追記(2011/11/24 pm14:20)

忠武飛龍さんより学者さんの訳を教えて頂きましたので掲載致します。


>立花{戸次}道雪の諫言の、学者さんの訳をこちらに書きます。
>出典は「宗教で読む戦国時代{講談社}です。

>「日本は一般に神国というように、善悪についても、主君と家臣の関係についても、御信心においても、道理と「天道」にそむかれることがないようになさることが大事です。」
>「豊後の国の有様は、「無道」のみをなされた結果、天罰を受け近年の戦さに勝利できず、評判を落とし窮地に陥っています。他国より批判を受け「犬打童」まで嘲っているとのことです。筑前の秋月氏の領内では大友の「無道」を十か条に書き上げて隣国に触れ回っているそうで、御覧になったでしょうか。大友領内の老若男女がキリシタンとなって寺社を破壊し「仏神」を川に流し、薪にし、寺社の所領は没収して人間に給与するなどと、書かれていると承ってます。口幅ったいようですが日本では「源平」以来「仏神」の加護を祈って正義に基づき戦って来たとされてますし、神社仏閣を専らにせよと言われて来ました。」



果たして神仏を疎かにした武将達の末路はどうであったろうか?
織田信長比叡山焼き討ちが有名ですけどね。・・・

天道=大日如来=天照大神


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恩讐の彼方に・・

恩讐の彼方に
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%A9%E8%AE%90%E3%81%AE%E5%BD%BC%E6%96%B9%E3%81%AB

を思い出しました。

青の洞門を切り開いた僧侶が元ネタとか

青の洞門

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E3%81%AE%E6%B4%9E%E9%96%80

耶馬渓って確か大分と福岡の境ですよね。

「恩讐の彼方に」は、なんども読みました。

大友氏となると、その配下で大名になった立花道雪・宗茂とかも、一時期よく調べてました。

宗茂 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E5%AE%97%E8%8C%82

道雪
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E8%8A%B1%E9%81%93%E9%9B%AA


そうそう耳川の合戦で、宗麟の軍師が「これは負ける」と自殺してましたか。
道雪は、
「キリスト教を信仰するなとは言わない。だが、領内や日向の神社・仏閣を、「信仰の証」と破壊したら、いったい、兵士や将は、何をよりどころに戦に臨むのか。人心は離れ、日本の神仏の加護を得られない。到底勝てる戦ではなかったのに・・」
と述回してます。

道雪の悔恨・痛恨のボヤキは、なにか今の日本・世界の実情への「警告」に私には思います。



ではまた。

  • 投稿者: 忠武飛龍
  • 2011/11/19(土) 11:22:32
  • [編集]

Re: 恩讐の彼方に・・


こんばんわ、忠武飛龍さん^^

いつも詳しく有難うございます!


はい、耶馬渓も青の洞門も探している時に飛んでいって見てきました(ネット上でですが・・・)
しかしそこではないようでした。

後で追記として感想を書きますのでよろしくです!(ぺこり!)

  • 投稿者: coomi
  • 2011/11/19(土) 22:13:25
  • [編集]

私の超訳です。

立花道雪の言葉は、私の記憶を辿ってから書いた超訳です。
確かに彼は「キリスト教」を否定はしてないし・・

あと、ガーゴイルですか。

今の日本にも「ガーゴイル」が沢山いるように思います。

祭壇の生贄は・・と恐ろしいです。

ではまた。

  • 投稿者: 忠武飛龍
  • 2011/11/21(月) 19:26:27
  • [編集]

Re: 私の超訳です。


お早うございます、忠武飛龍さん^^

超訳でしたか。でも本質はそうだったのではないかと思います。

キリスト教の洗礼を受けたとしても神社仏閣を潰すのは最悪ですね。
神の怒りを買うのは当たり前のような気がします。
その後神社仏閣は復興できたのでしょうか?

ガーゴイル、たぶんそこら中にいるのではないかと^^;;

霊的世界では粛正できるとしても生身の人間はどうにも出来ませんね。
ご本人に目覚めて頂くしか方法はないかと。

  • 投稿者: coomi
  • 2011/11/22(火) 08:59:50
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