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北野天満宮と白峯神宮と晴明神社

  • 2011/08/23(火) 23:08:56

8月23日。東寺の21日「弘法市」と北野天満宮の25日「天神市」の間。

京都は北野天満宮と同じ上京区にある白峯神宮(直線距離にて1.6k、バス移動で10分くらいの距離にあった)そして晴明神社に参拝して参りました。晴明神社白峯神宮から歩いてわずかな至近距離(堀川今出川から始まる堀川沿い)にあったので、これ幸いに時間の許す限り参拝させて頂きました。


実はですね、この2日間、また悪霊系が出てきていたのですよ。
北野天満宮へ向かう今朝も出てきましてね・・・

いやなに、血の匂いがしようが脅されようが、私は平気なんですけどね。
またか・・・と思うと、ちょっと哀れになります。相手も自分も。

出てきたのはノートルダム寺院の屋上にある四方を固めて睨む悪魔、ガーゴイルですね。
それと、目の大きい(出目?美男ではまったくない)の日本人のオッサン

paris-s_20110823230753.jpg ガーゴイル



「天に在す我らの父よ、御子よ、精霊よ、なんたらかんたらアーメン!!」


剣の切っ先でガーゴイルの胸から腹にかけて十字を刻みつけました。

「うぎゃあああああ!」

十字がお嫌いなようです。相当苦しそうです。胸の十字に死にかけてます。
コイツらは昔と変わりませんね。することが同じです。そして、同じようにやられている・・・いい加減に諦めたら?何年ぶりよ?
またヒールの踵で腹えぐられたい?


で、日本人のオッサン、悪いけどすぐさま剣で首チョンパ!!させて頂きました。面倒くさいから。むさ苦しい容貌でしたし。

一言も発せず、首チョンパされてしまいました。ごめんな。w
相手する気がないんですよ。面倒くさいから。
血生臭い匂いは少ししてましたが、まあ仕方がないでしょう。

あ、大丈夫だと思いますよ。精神世界ではすぐ復活できますから。
本当は浄化させてあげなければならないんだろうけど。



「陰だ、陰だ」と書いていたら、闇側の攻めがあったようです。



天神様、かなり浄化されて神様になっておられますね。拝殿で手を合わせている時、真っ白の光が頭頂部に感じられたような気がします。パシッ!パシッ!って二度ほど。
天満宮を去るとき、バスの中で天満宮を振り返りながら道真公に感謝の心を向けますと、鳩がいっせいに飛び立ち、弧を書くように大きく舞ってくれました。
不思議と感謝で涙が出そうになりました。何だかとても大きい方なんだなと。

「天神様、有難うございました・・・」



崇徳天皇。
この方は、ごく近世(昭和天皇陛下)まで影響を及ぼされた方ですね。皇室の気遣いが根強く残っているようです。

Sutoku2.jpg 崇徳天皇


この方は四国細川氏ともご縁が深いようで、四国の守り神となられたようですが、私が向かった白峯神宮は静かでした。気配はあるような、ないような・・・本当はとても静かな穏和な方ではなかったのではないでしょうか?
それこそ私が大好きなタイプの男性ではなかったでしょうか?
静かにゆったりと微笑む人?

”舌を噛み切って写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」と血で書き込み云々”とありますが、、、、、


あ、あれ? あのオッサ(ry)・・・もとい! あの首チョンパの叔父様は誰だったのでしょう?何もせず何も話さないうちに、私に首を斬られた。

まさか・・・まさかね。

ま、ま、まあいいでしょう^^;;


皇を取って民とし民を皇となさん

これって何だろう?



ということで、日本の最強の怨霊と呼ばれるお二人に参拝させて頂き、すぐ後で晴明神社へ向かったのは何故でしょう?
最初はまったく予定ではなかったのですが、ただ近かったのと時間が少し余っただけですし、しかし「陰」側を回った後で「陰」を制する陰陽師を最後にご挨拶させて頂けたのは、何か配慮のようなものを感じました。

あ、清明様、私の夢見ではもう少し目が細く、柔らかい印象でしたね。
晴明様の像をまじまじ見て、「違うな」とぼそりと独り言。


ではでは、またの機会に写真UPしますね。^^ノシ


「菅原道真公(天神様)と弘法大師空海様」シリーズはまた後で書くと思いますが、いつになるやら・・・(笑)え?もうわかりました??




追記

ああ、あの叔父様の容貌を例えるなら「落ち武者」だと言えばわかりやすいかも知れませんね。



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この記事に対するコメント

保元の乱?

>ああ、あの叔父様の容貌を例えるなら「落ち武者」だと言えばわかりやすいかも知れませんね。

保元の乱の、敗者かと。

>気配はあるような、ないような・・・本当はとても静かな穏和な方ではなかったのではないでしょうか?
それこそ私が大好きなタイプの男性ではなかったでしょうか?
静かにゆったりと微笑む人?

こういう人ほど、「おこらせると怖い」と思います。

普通のことでは怒りませんが、逆鱗に触れるととんでもない。


なにせ院政時代の皇室の性関係は「乱脈を極める」って言葉そのものですから。
そのこともあってかなり怒っていると思います。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%85%83%E3%81%AE%E4%B9%B1



ではまた。

  • 投稿者: 忠武飛龍
  • 2011/08/24(水) 14:46:59
  • [編集]

Re: 保元の乱?

こんばんわ、忠武飛龍さん^^

貼ってあるURLはまだ見てないのですが、やはり彼は普段(本質)はとても穏やかな人だったのではないか?と思ってます。確かに彼を陥れたのは天皇家だったのでしょうし、血生臭い匂いは、ただ単に斬られて流れる血の匂いだけではないでのしょうね。それぞれが関係する血脈、闘争、奪い合いが血の匂いだったかも知れません。

私は夢の世界では思った通りにしか行動できないようで、剣を持ってスパッ!と首を斬る行動は反射的であったし、なおかつソレをを止めてくれる人もいません。止めるのは自分なんです。
ここが反省すべき点であるとは重々わかっておりまして・・・

とても静かな対応をして下さったのは、私が害を持っていなかったからでしょうか?

前の記事にも書きました。頭を垂れてきますと書き、その思いで参拝させて頂きました。実際、ソレしか考えてませんでした。

何故、崇徳天皇も菅原道真公も優しかったか。

崇徳天皇、菅原道真公と同じ、私達の祖先も消された氏族の血を引いているからです。



明日は鳥取へ行きます。鳥取砂丘見てきます。


  • 投稿者: coomi
  • 2011/08/24(水) 23:03:50
  • [編集]

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