菅原道真公(天神様)と弘法大師空海様 その6

  • 2011/08/15(月) 14:19:02

さて、黄泉比良坂(よもつひらさか)で対峙して口論を始めたイザナミイザナギの間に不思議な存在が現れる。


菊理媛。ククリヒメ。


~wikiより抜粋~

”日本神話においては、『古事記』や『日本書紀』本文には登場せず、『日本書紀』の一書に一度だけ出てくるのみである。”


”神産みで伊弉冉尊(いざなみ)に逢いに黄泉を訪問した伊奘諾尊(いざなぎ)は、伊弉冉尊の変わり果てた姿を見て逃げ出した。しかし泉津平坂(黄泉比良坂)で追いつかれ、そこで伊弉冉尊と口論になる。そこに泉守道者が現れ、伊弉冉尊の言葉を取継いで「一緒に帰ることはできない」と言い、菊理媛神が何かを言うと、伊奘諾尊はそれを褒め、帰って行った、とある。菊理媛神が何を言ったかは書かれておらず、また、出自なども書かれていない。

この説話から、菊理媛神は伊奘諾尊と伊弉冉尊を仲直りさせたとして、縁結びの神とされている。また、死者(伊弉冉尊)と生者(伊奘諾尊)の間を取り持ったことからシャーマン(巫女)の女神ではないかとも言われている。ケガレを払う神格ともされる。

神名の「ククリ」は「括り」の意で、伊奘諾尊と伊弉冉尊の仲を取り持ったことからの神名と考えられる。他に、糸を紡ぐ(括る)ことに関係があるとする説、「潜り」の意で水神であるとする説、「聞き入れる」が転じたものとする説などがある。”


~抜粋終了~


菊理媛が何をささやいたのか不明らしいが、イザナミとイザナギの口論を止め、イザナギが納得したように帰って行ったことがわかる。

これによって両者の住まう場所が決められたのだ。「陰」側と「陽」側に別れたのだ。

菊理媛は陰か?陽か? あるいは真ん中か? 何故、黄泉比良坂(よもつひらさか)だけに菊理媛は現れたのか?


黄泉とも通じ、現界とも通じる境目の神であろうと思う。陰陽のちょうど中間、ど真ん中なのだろう。イザナミとイザナギを括るのではなく、両者を完全に離したのだそれによりイザナミは陰としてイザナギは陽として別れた。

それぞれにお役目を果たさせるのが「締めくくり」という菊理媛の働きではなかったか?
菊理媛は、ご縁(働き)を正しく導く神ではなかろうか?


イザナミの背後には菊理媛がおられる。白山白山比神

hakusan.jpg



白山比神社には主神(御祭神)である菊理媛と共にイザナミ・イザナギの神も祀られる。
白山から京都・愛宕山を線で結ぶと、その延長線上には南西方向には鳴門がある。「愛宕」の背後には「艮」に白山、「坤」に鳴門の渦

つまり、菅原道真の背後には菊理媛もいたのである。

菊理媛は密教でいえば「十一面観音」であるとも言われる。

jyuuichimen.jpg



空海が唐より帰国し、太宰府にて許しを待っていたのは事実であり、嵯峨天皇の御代になってようやく許しを得、やっと入京することができた。
唐より持ち帰った膨大な経文・仏像・密教の法具・曼荼羅・法衣などの中に、十一面観音像は三体あったと記されている。これらにより密教は爆発的に世に広まったとされる。太宰府にいた頃、それらの膨大な経文なども太宰府にあったのだろう。

当然の事ながら、空海の背後にも十一面観音(菊理媛)はいたことになる。
御仏の教えを持ち帰ったのは空海本人なのだから。
イザナミも背後にいた。黄泉を統べる王なのだから、仏教の唱える涅槃に関係があるのは当然であろう。



キーワードその① 宇多天皇
キーワードその② 醍醐天皇
キーワードその③ 藤原時平
キーワードその④ 真言院・仁和寺・真言密教・弘法御大師空海
キーワードその⑤ 清涼殿落雷事件
キーワードその⑥ 愛宕山


ひとつ忘れていたのが

キーワードその⑦ 太宰府

そして

キーワードその⑧ イザナミ
キーワードその⑨ 菊理媛(十一面観音) 白山 


不思議なのは、白山を開山した泰澄天武天皇11年6月11日(682年7月20日) - 神護景雲元年3月18日(767年4月20日)で、20になっている。



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