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弘法大師空海様の謎

  • 2011/07/09(土) 11:30:45

「天石門別八倉比賣神社へ御礼参拝 2011/07/07(木) 18:41:30 」で、その日神社の御由緒の看板を撮影していたとき、左隣で気配を感じたと書きました。

明かしてもいいかな?と思いましたので、その方の様子を書いてみましょう。


男性。

「久し振りだな」「よく来たな」


こんな内容を話してる声がかすかに聞こえた気がします。

おそらく心の中に響いてきたものだと思います。


ということは、天石門別八倉比賣神社天照大神様は男性なのでしょうか?
女性のふんわかした暖かな気とは違ってました。下鴨神社玉依姫様の気配を覚えていますが、女性神様とはまったく性質の違う「竹を割ったような気配」といった感じでしょうか。これは男性神様の気配であるに違いないと思うのですが。
もし、この感覚が間違いであるなら、神社をうろついている浮游霊なのかも知れませんが・・・(笑)


ここでふと思い出したことがあります。

この神社は徳島市国府町というところにあって、気延山御神体とされております。初めてここに「行け!」と怒鳴るように言われて、恐ろしさで背中に汗を流しながら必死で参拝に訪れたとき、ご近所のおじさんであろう方と色々お話しする機会があり、その昔の様子を伺いました。

この辺り、国府まで海があった、入り江だった、鳴門まで見通せた、など。
つまり、現在の徳島市は堆積物のお陰で出来上がった平野で、その海も開拓地として新たに作られた平野であるということ。古代、徳島市は海の底だったのですね。

徳島市中心部には城山があって、蜂須賀様はここにあった徳島城にご入城されたのですが、城山の下部に貝塚があり、現在も保存されております。

「Flood Maps」 http://flood.firetree.net/

Flood Mapsで、当時はどんな様子だったのか見てみました。天石門別八倉比賣神社で出会ったおじさんの話を元に、水没5mで国府町辺りまで水没させてみました。

徳島は四国四県の中で最も水没が激しく、これでは津波にはひとたまりもありませんね。・・・

城山に貝塚が残っているのは、水没5mでも城山はその高さから陸としてあったからでしょう。


ここでまた、ふと気付いたコトがあります。


弘法大師空海様。


彼は何もかもご存知だったはず。・・・水脈・鉱脈・歴史・神々の謎・・・


何故、Flood Mapsでそんなことに気付いたか・・・
偶然なのか必然なのか・・・

        (おっと、お仕事の時間。つづく・・・)



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