追記有り「ロシアの日本名わかったわ」やけど大黒屋が飲んだお茶はマイセンティーカップか?

  • 2015/04/30(木) 16:42:13


皆様こんにつは。

あれこれ調べてたらもうしんどくてしんどくて・・・疲れたわ~
と言いうことで、最短で記事を書こうかと思います(笑)考え過ぎて頭が痛いし下痢やわテニス肘が痛いわ五十肩?みたいに肩が痛いわでダウンしそうです。


ドイツの日本名がわかったことで、次はロシア。


ドイツの結果は「マイセン」「アウグスト二世」「幽閉」「城?要塞?」などがキーワードですが、ロシアは「エカチェリーナ二世」「イルクーツク」「宮殿」「マイセン」「大黒屋光太夫」「プロイセン」などです。


ロシアと言えば有名なのがクレムリン、赤の広場など沢山あるのですが、まずおじいさんが行くと言っていた「宮殿」から関係を調べました。白亜の城ね。
そこで出て来たのが「エカテリーナ宮殿」


エカテリーナ宮殿 

Catherine_Palace_in_Tsarskoe_Selo.jpg



なるほど、白いけれども・・・金ぴかですね。ふんだんに金の装飾をお使いの様子。(ひとかけらくれへんかな?)(嘘
ドイツの「日本名」との何か繋がりが何か見つかるはずだと思い、調べ始めてこの方だと思ったのがロマノフ王朝エカチェリーナ二世。



エカチェリーナ二世 

“北ドイツ(現在はポーランド領)ポンメルンのシュテッティンで神聖ローマ帝国領邦君主アンハルト=ツェルプスト侯クリスティアン・アウグスト(プロイセン軍少将)の娘として生まれ・・・(後略)・・・”

日本人が見たエカチェリーナ2世
1783年、伊勢白子(現鈴鹿市)の船頭である大黒屋光太夫は、江戸への航海途中に漂流し、アリューシャン列島のアムチトカ島に漂着。その後ロシア人に助けられ、シベリアの首府イルクーツクに滞在した。ここで学者のキリル・ラックスマンの援助で、帰国請願のためサンクトペテルブルクに向かい、1791年、エカチェリーナ2世に拝謁して、帰国の儀を聞き届けられている。キリルの次男アダム・ラックスマンが、鎖国状態の日本に対して、大黒屋光太夫小市、磯吉を返還すると同時に、シベリア総督の通商要望の信書を手渡すために、遣日使節として日本に派遣され、1792年、光太夫らは根室に帰着した。“
(wikiより)



「アウグスト」「大黒屋光太夫」
ほら、出ましたよ日本名、プロイセン。エカチェリーナ二世の父親はプロイセンのアウグスト。アウグストだよ、アウグスト!
「やったね!^▽^v」と喜んだのはいいけれど、「ん?日本名だけど・・・あの方が仰ったのは・・・あれは日本名の付いた“場所”ではなかったか?」と疑問が起こります。改めて日本名の付いた地名などを探したのですが、やはり出てきませんでした。
仕方がないので大黒屋から調べてみました。大黒屋だよ、大黒屋!



大黒屋光太夫
 
“1782年(天明2年)12月、光太夫は船員15名と紀州藩から立会いとして派遣された農民1名とともに神昌丸で紀州藩の囲米を積み、伊勢国白子の浦から江戸へ向かい出航するが、駿河沖付近で暴風にあい漂流する。7か月あまりの漂流ののち、一行は日付変更線を超えてアリューシャン列島の1つであるアムチトカ島へ漂着。・・・(中略)・・・その後カムチャツカ、オホーツク、ヤクーツクを経由して1789年(寛政元年)イルクーツクに至る。

“イルクーツクでは日本に興味を抱いていた博物学者キリル・ラクスマンと出会う。キリルを始めとする協力者に恵まれ、1791年(寛政3年)、キリルに随行する形でサンクトペテルブルクに向かい、キリルらの尽力により、ツァールスコエ・セローにてエカチェリーナ2世に謁見し、帰国を許される。”




イルクーツク 

“また、ロシア中央から囚人や政治犯の送られる流刑地でもあり、1825年にはデカブリストの乱を起こした貴族たちはイルクーツクに流された。1863年にはポーランド立憲王国で反ロシア蜂起(「一月蜂起」)が起き、蜂起の参加者たちがイルクーツクに流された。・・・(中略)・・・第二次世界大戦後は、日本人の抑留地のひとつとなり、抑留者による労働で建設された建物が残る。また、イルクーツク市は1967年3月20日以来、石川県金沢市と姉妹都市協定を結んでいる。そのため、市内には「金沢通り」という名前(ロシア語と日本語表記とが看板で併記)の通りがある。

これらの公共建築にはシベリアに抑留された日本人によって建てられたものも多い。しかし、現在では在留日本人は僅少。”




で、で、出た――――――――――――!!金沢通り!!!@@;
抑留地!捕虜だよ、捕虜!!英霊だよ、英霊ぃぃぃい!!!


(あり?金沢市って前にククリヒメ様の夢で・・・ ??)




2011年09月13日(火曜日) 日本との縁 
http://arfaetha.jp/ycaster/diary/post_1456.html

kanazawadooriinrussia.jpg
「伊藤洋一公式サイト」さんより http://arfaetha.jp/ycaster/ )
(勝手にお写真拝借!ごめんなさい!><)



さて、日本名の場所はわかってホッとしたのですが、まだ調べたいことが・・・
「マイセン」は?


ありました。エカチェリーナ宮殿に。

エカテリーナ宮殿の写真: 金箔で飾られた壁とマイセン製の左右の暖炉宮殿竣工時マイセンから贈られた壺が100数点あるとのお話
http://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g811323-d301025-i47773786-Catherine_Palace_and_Park-Pushkin_Pushkinsky_District_St_Petersburg_Northw.html


エカテリーナ宮殿 (トリップアドバイザー提供)

「トリップアドバイザー」さんより http://www.tripadvisor.jp/ )

454-4.jpg

「【突撃編】世界探訪Part3-おやじ探検隊-」さんより http://www.net758.com/cgi-bin/diarypro22/diary.cgi?page=11 )



エカチェリーナ二世の所蔵美術品は現在のエルミタージュ美術館の基礎となったのですね。凄いです。床から天井まであるあのマイセン・・・ひとつおいくら?って思ってしまうのは庶民の探求心か?いや、ただのおばやんの銭勘定、聞いて目玉が飛び出て聞くんじゃなかったと・・・(笑)



エカテリーナ二世の4大ディナーセット~ヨーロッパ磁器に見る宮廷晩餐会~
http://dramatic-history.com/art/2009/culture/four-banquet/tables.htm

“この「聖アンドレイ・セルヴィス」は、後の皇帝ピョートル3世と女帝エカテリーナ2世の婚礼を祝して、1775年にザクセン選挙侯フリードリヒ・アウグスト2世からロシアに贈られたもので、正餐用の食器セットや紅茶・コーヒー用の茶器セットなど400点以上の品々から構成されています。(マイセン磁器製作所 (ザクセン) 1744~45年)”

andrew01.jpg
(お写真無断使用しました!ごめんなさい!><;)



で、エカチェリーナ宮殿など歴史建造物のある世界遺産「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」サンクトペテルブルグエカチェリーナ宮殿ピョートル大帝が関係あり、宮殿は大帝の妃が発案し避暑用として建てたもの、サウウクトペテルブルグは大帝が人工都市として発展させたもの。
ピョートル大帝もエカチェリーナ二世もロマノフ家。



ロマノフ家 



ピョートル1世

Peter_der-Grosse_1838.jpg
 
“サンクトペテルブルク出身のロシア連邦大統領、ウラジーミル・プーチンは、ピョートル1世を尊敬しており執務室に肖像画を飾っていた。


もうひとつおまけにプーチンさんの愛犬には秋田県から送られた秋田犬の「夢」がいます。愛犬家のプーチンさんは大変喜ばれ、ソチ会談では夢を連れて安倍さんに会いました。日本名っちゃ日本名だわね。夢ちゃんはもうおっきくなったやろね~(^^

ドイツとロシア、アジアインフラ投資銀行に参加表明したんだけどね~
どうなるかね~ 日本にとってどう出るかしらね~ メルケルさんは大慌てで日本に来ましたけどね~・・・

おそらくこの関係も潜んでいると思うんですよ。・・・(vv

安倍さんのアメリカ議会演説は素晴らしかったですね。戦後70年の節目に戦後レジュームからの脱却宣言ですね。未来に向けて進もうではありませんか!(拍手喝采!)
これ、中国・韓国に止めを刺したような・・・(vv
ワシントンハウスでオバマと演説中に突風が吹いてアンチョコが吹き飛んだ。NMさんからメールがあって神風やわ!と。改めてビデオを見て見ますと、ちょうど従軍売春婦の話をしている最中でした。・・・・神様が「もう良い!」と吹き飛ばされたんやね。やっぱり日本の神様は凄いですわ~(笑)




追記(2015/5/1 pm14:11記)

大黒屋光太夫エカチェリーナ二世が一緒にお茶を飲んだという記述が残っていますね。

日本の紅茶の歴史を紐解く
http://kyo-kure.hatenablog.com/entry/2014/07/19/205728
「京都紅茶道部支配人みこどんの追記」さんより http://kyo-kure.hatenablog.com/ )

“『日本人で初めて紅茶を飲んだ』と言われるのは、11/1の紅茶の日でもおなじみの伊勢の商人大黒屋光太夫であり、彼が駿河沖で暴風にあい漂流、アリューシャ列島の島に漂着したことにより、ロシア人と出会い帰国するためにサンクトペテルブルグに居るロシア皇帝エカチェリーナ2性と謁見し、帰国へ向けて動き出す時に、エカチェリーナ2世に紅茶を振る舞われたということから、『日本人で初めて紅茶を飲んだのは大黒屋光太夫ではないか』と言われています。”

マイセンのティーカップで飲んだのかも知れませんね。

「青湾茶話」という17世紀の書物に記述があるそうですが・・・実は1600年代初頭にはすでに紅茶は日本に入って来ていたらしいです。


青湾茶話 https://kotobank.jp/word/%E3%80%8A%E9%9D%92%E6%B9%BE%E8%8C%B6%E8%A9%B1%E3%80%8B-1350864


「青湾茶話」で思い出したのが

「追記の追記有り「青い茶碗と「とあに とあに とあに・・・」」だから何?火山じゃない山噴火?いや、三国志に関係あるかも(なっげーな!) 2014/11/14(金) 23:23:44」


「必死でこじつけたら滋賀県でした? 2014/11/18(火) 14:12:50」


「青湾茶話」には当然中国三国志のお茶や茶碗が出てくるだろうね。


マイセンよりウエッジウッドのティーカップ、あるいはエカチェリーナ二世が寵臣のグレゴリー・ポチョムキン公爵のためにフランス・セーブル磁器製作所で作らせたカメオ・セルヴィスが近いな~(色が)






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ドイツの日本名は「日本宮殿」だったよ

  • 2015/04/25(土) 15:39:44


皆様こんにちは。

昨日、ふと見たTV録画でわかった事があります。主人もお休みだったので一緒にお昼ご飯を食べるときに、主人がTVが面白くないからとなにげに録画しておいた番組を再生して見始めたのがその謎を解くきっかけとなりました。

「マイセン 幻の磁器の城 アウグスト2世の欲望」
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:Ysuig_wki8IJ:https://tv.so-net.ne.jp/schedule/200103201504230045.action+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp (キャッシュ)

“17世紀、西洋の王侯貴族たちは東洋の磁器に魅了され、ザクセン公国(現在のドイツ東部)アウグスト2世は、自ら白い磁器を生み出し、白磁に飾られた“日本宮殿”を作りたいという夢の実現に没頭した。1709年、マイセンで欧州初の白磁を作ることに成功、その次は、柿右衛門の赤を求めた。王の欲望の跡ともいえる4つの城と職人たちの物語を紹介、日本の磁器の魅力を再発見する。2004年放送“



「ククリヒメ! 2015/02/04(水) 09:33:28」
で載せていた呟き




そう、この「日本名」が付いた場所のことですよ。


そうなんです。「日本名」とは地名ではなく国名だったんですよ。「日本宮殿」



日本宮殿 https://kotobank.jp/word/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AE%AE%E6%AE%BF%5B%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%87%E3%83%B3%5D-110116
「コトバンク」さんより)

https://books.google.co.jp/books?id=Z1IcBAAAQBAJ&pg=PA393&lpg=PA393&dq=%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AE%AE%E6%AE%BF&source=bl&ots=cYxnAmi2CS&sig=01ArWKSu4x__2UXWwQ9rOoC6BLQ&hl=ja&sa=X&ei=Ews7VY-ONcKl8AXd1YGIDg&ved=0CCMQ6AEwAjgK#v=onepage&q=%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AE%AE%E6%AE%BF&f=false
「地球の歩き方」さんより)現在は民族博物館となっているそうです。

ドイツ旅行 ドレスデン 日本宮殿
http://arty0417.blog129.fc2.com/category54-6.html 
「ほとんど一人旅」さんより http://arty0417.blog129.fc2.com/ )

R0068536.jpg
(いつものように勝手にお写真拝借。ごめんなさい!><)




アウグスト二世プロイセンに招かれた時、宮殿にあったその見事な磁器の数々に魅せられ、我が宮殿にもそのように磁器を集めたいと願望を持ちました。願望と言うよりは「激しい欲望」と言うほうが良いのかも知れません。何が何でも手に入れて我が城を埋め尽くしたいという欲望です。



アウグスト2世 (ポーランド王) 

アウグスト2世ドレスデンやマイセンで作らせた白磁を発見したきっかけは、「白金」の秘密を発見しようと考えたことであった。1701年、国王はヨハン・フリードリッヒ・ベトガーという若い錬金術師を助けた。ベトガーは金を作ることが出来るとうそぶいて、これに期待を抱いたプロイセン王フリードリヒ1世に追われていた。アウグスト2世は金を生産する秘密を明らかにするため、錬金術師を投獄した。
ベドガーが不可能な国王の要求をうまくかわすため、錬金術師から陶工に業種を変えることになった。陶工というよりは錬金術師として、ベトガーは白磁 の秘密を発見した。彼は当時試みられていた、白い卵の殻のようなきめの細かい白い物質を混ぜたものを粘土に練りこむ製法を使わず、それまでヨーロッパの炉 で焼かれていたよりもっと高い温度で粘土を焼いた。泥の成分を溶かし、新しい物質へと変化させたのである。この製法は以後100年間、ヨーロッパの他地域 では知られることのない大発見となった。このことは、ドレスデンがヨーロッパにおける技術と芸術の中心地の一つとして発展する契機となった。


August_II.jpg






昔の西欧の陶器は叩くと「ゴンゴン!」と鈍い音がしたそうですね。磁器は叩くと「キーン!」「カキーン!」と透き通るような音がしたのです。それにも魅せられたと言います。
アウグスト2世ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーを救い、その錬金術を見込んで「白金(実は真っ白の東洋風磁器)を作れ」と命令し、ケーニシュタイン要塞に何十年にもわたり幽閉します。ベトガーは飲んだくれながらも何十年後かになんとか白磁を作り出す方法を発見します。そのケーニシュタイン要塞があった場所がマイセン。


ケーニシュタイン要塞 http://www.geocities.jp/y_ujoh/kojousi.koenigstein.htm
「古城址探訪」さんより http://www.geocities.jp/y_ujoh/kojousi.htm )

koenigstein1.jpg
「古城址探訪」さんよりお写真勝手に拝借。ごめんなさい!)


ケーニシュタイン要塞のページを下にスクロールして風景を見て下さい。

なるほど、海岸沿いに見えたのは実は川であり、白い岩肌の岸壁に上に緑を乗せた風景に見えたのは城壁と断崖絶壁の壁だったのか、こういうことだったのか!と!・・・・




アウグスト2世は大枚はたいて購入した「中国景徳鎮」の青染色や「有田焼柿右衛門」の赤染色を特に愛され、やっとのことで西洋で初めて白磁を作り出したベトガーを更に追い詰めます。色を塗れと。まずは「景徳鎮」の青色です。ベトガーは白磁を作ることができましたから解放して欲しいと国王陛下(アウグスト2世)に手紙を書いて懇願しますが、更に難問を言い渡され幽閉は続きました。

何故かと言えば、当時のヨーロッパでは陶磁器、特に東洋の陶磁器が珍重され高値で売れたからです。陶磁器を財産(宝)と見なしており、西洋人も東洋(中国・日本・インドなど)を憧れの目で見ていたからです。白い磁器に人物・風景画を描いたものが「シノワズリ」と呼び、花鳥風月唐草模様「インド紋様」と呼んでいました。名器とされたのが「景徳鎮」「有田柿右衛門」だったのです。同じ色を作り、白磁に色付けをせよと命令を下したのです。

ベトガーは長き幽閉生活で飲んだくれ、白磁に色付けもできずとうとう病にて37歳の若さで苦しみの中死去します。


ヨハン・フリードリッヒ・ベトガー 


その後出て来たのがヨハン・グレゴリウス・ヘロルトでした。
彼は宮廷にいた絵付師ケーラーに近付き、絵付けの色を作り出しました。現在のマイセンの基本色16種類はヘロルトが生み出したものです。


景徳鎮の青柿右衛門の赤も同様に生み出し、アウグスト2世に重宝されました。彼の作った作品は今も残され、その技法は今も受け継がれています。



これが現在の国立マイセン磁器製作所であり、その当時は「王立ザクセン磁器工場」と呼ばれていました。王とは当然アウグスト2世のことです。



マイセン(陶磁器)

220px-Meissen-teacup_pinkrose01.jpg
 

マイセン陶磁器日本語サイト http://www.meissen-jp.com/





アウグスト2世は「日本宮殿」に飾っていた陶磁器にこれらを加えていきました。
オランダ宮殿に東洋磁器を収集していたことにより「日本宮殿」に名称変更されたのですね。日本の影響がかなり強かったようです。


柿右衛門 http://www.kakiemon.co.jp/kakiemongama.html

backimg02c.jpg
(お写真拝借・・・すみません!)


酒井田柿右衛門

Kakiemon_Jar.jpg 
(またまた拝借・・・すみません、すみません><;)





つまりどういうこと?ということですが、その真意はまだ不明です。
ロシアの日本名がまだ残ってますから、この結果とロシアの結果を突き合わせてみればわかるかも知れません。

本日は「ドイツとロシアの海辺の岸壁に日本名がついた場所」という難題にドイツがわかったという事のご報告でした~!(ぺこり!)




追伸

白亜の城というのはツヴィンガー城(アウグスト3世)モーリッツブルク城、ピルニッツ城かも知れません。これらはすべてアウグスト2世のマイセンに関係しています。

考えてみましたら、「白亜の城」はベトガー(磁器発見)ヘロルト(絵付師)の次に出て来た彫刻師ヨハン・ヨアヒム・ケンドラーが真っ白の磁器で作らせた城かも知れませんが・・・(笑)




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あの方々も戻られたが大変なことに

  • 2015/04/24(金) 10:44:09


皆様こんにつは。
たくさんのコメントを有難うございます。皆様のコメントは非常に重要で、どうお返事しようかと考え悩んでおりましたが、あれよあれよと言いう間に問題が更に山積みになってしまいました。・・・・コメントにお返事が追い付かない状態とでも申しましょうか?(--;

とにかくウチではコメント欄をポチッとな!が大変多いので、皆様コメント欄をすでにご覧になられたかと思いますので、取り合えず急ぎで重要かと思われる記事を書くこととします。コメントを下さった皆様、有難う!^^v


その前にgaruさん。7年前に満願を迎えられたとのこと、おめでとうございます。お気持ちはよくわかります。様々な導きよりも命を返して欲しかった・・・母親として誰しもが同じ思いになるでしょう。しかし私としましてはgaruさんがこうしてお元気で毎日を送っておられることにも感謝したいです。Garuさんとご縁が出来たことにも感謝したいです。
よく立ち直って下さいました。大丈夫、あちらの世界へ向かえば大急ぎでお迎えに来て下さるはずですから。Garuさんのお気持ちも十分に魂で感じておられるはずです。
その時を楽しみに参りましょう。私もその時を楽しみにしている一人ですから。・・・










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2015/4/22

~ビジョン?と声~


ネコがいる・・・

(声) 「スマートキャット」

?????


     (意識覚醒)

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2015/4/23

~ビジョンと声~


地球 太平洋 ハワイ沖 衛星写真?を見ている

ハワイ島の左側に大きな穴? 紺色の深い穴みたいなものが見える

(声) 「ここに・・・・・・?・・・があるのです」

(えっ!? 地溝帯?海溝?ですか?)

(声) 「そうです・・・」

(大変だ・・・ 地球が割れる・・・)

     (意識変換)



どこかのビル内部

何人もの男女の警察官?私服警察?がいる

銃を手に持っている 隠れ潜んでいる?

外人もいる 東南アジア系? 肌の浅黒い男性私服警察官



(声) 「フーガという男」


・・・・?その男は味方?   (・・・はい)

私もポケットをまさぐる あった!銃!

安全装置をはずす

「お腹が空いたわ」 誰か女性が言った

ゴソゴソとお菓子を出す女性

「お前 それが昼飯か?」男性警察官が聞く
「そうよ どこででも簡単に食べられるからいいでしょ?」


     (意識覚醒)

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2015/4/24

~長い夢~


キム・ジョンウンの島?へ行く

何か異様な雰囲気の住民 

セメントで出来たアパート?が多く窓も小さい

島は 水が足りない?? 海水も引いている


ジョンウンは 好き勝手に生活している

この島の首領・・・ 愛人?も多い?

それにしてもジョンウンは退屈そうだ・・・



どこ? ジョンウンが黒いコートを着て街のストリートを歩いている

西洋? 米国? ロシア?

ニコニコ笑って嬉しそうに歩くジョンウン・・・



     (意識覚醒)

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スマートキャットってなんぞ?
うちのぴかちゃんはおデブさんやが・・・
しかしあの声はいつもの男だか女だかわからない方々の声に違いないと思います。イザナミ(ククリヒメ)様が御隠れになったので先発隊としておじいちゃん神様(守護神様)が出て来られ、今度はいつものあの方々が出て来られた(戻られた)というのはわかりました。



ハワイ沖のどでかい海溝?の地図は作りましたので見て下さい。赤丸の辺り全部が海溝?地溝帯?のようになってました。↓
hawaii_chikoutai.jpg



フーガってなんぞ?誰ぞ?
「恋のフーガ」は知ってるけど・・・

フーガ 

ますます意味がわからへん!(--;
どこかのビル?国連やあるまいな?



ジョンウン・・・北朝鮮がどうしたって~?
ロシアやろな、やっぱり。プーチンと会談予定があるみたいやし。黒いコートは寒い場所(国)に行っているということやろなあ~・・・



取り合えず、コメントのお返事よりこちらを優先させました。皆様ごめんなさいね。急いだほうが良いと思いましたので・・・




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子供達と女性に繋がった

  • 2015/04/21(火) 17:04:25


皆様こんにちは。
今日の新聞見て驚きました。

女性を2度ひく タクシー死亡ひき逃げで殺人罪の適用求める 大阪府警 2015.4.20 17:37
http://www.sankei.com/west/news/150420/wst1504200058-n1.html


中国か朝鮮か!どこの国だ!と思うような事件ですが、犯人の職業と名前を見てやっぱりなと思いましたよ。

ふと思い出したのがこの記事。


「追記有り「逃げるために捕まる?」から火薬は冷たいところに隠しておきます!って時期確定 来年だよ 2014/05/23(金) 06:05:17」


「追記有り「何か不安だ」は東京他関東圏で実行犯は多い 2013/09/12(木) 05:14:25」



増えてきますよ、間違いなく。皆様は身辺に気を付けてお過ごし下さい。子供達、女性達に気をかけてあげて下さい。弱いのですから。



さて、コメント欄のお返事は後で書くとして、呟きから。・・・






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2015/4/19

~ビジョン?夢?~


空海様

布団の横に座り込んでいる

傍らで眠っておられるのはお母様・・・


「誰か 私の代わりにお経を・・・」

涙がほろほろと頬をつたう・・・


     (意識覚醒)

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おそらく悲しみのあまりお経さえも唱えることが出来なかったのでしょう。・・・

○○

二文字の弟子が空海様の代わりにお経を唱えられました。御名前はわかりませんでした。おそらく空海様の十大弟子真済、真雅、実恵、道雄、円明、真如、杲隣、泰範、智泉、忠延様方のうちのどなたかと思われます。わずかにお姿が見えましたが・・・坊主頭しかわかりませんでした。



弘法大師空海 



NMさんから早速メールを頂きましたが、今年は高野山開創1200年なんだそうですね。



高野山真言宗 総本山金剛峯寺 https://www.koyasan.or.jp/




空海の母・阿刀氏(伝承では玉依御前)が亡くなったのは816年2月5日。グレゴリオ暦では3月11日。夢を見た4月19日は旧暦で3月1日


阿刀氏様慈尊院に祀られておられます。



慈尊院 

“空海の母は承和2年(835年)2月5日に死去したが、そのとき空海は弥勒菩薩の霊夢を見たので、廟堂を建立し自作の弥勒菩薩像と母公の霊を祀ったという。弥勒菩薩の別名を「慈尊」と呼ぶことから、この政所が慈尊院と呼ばれるようになった。空海の母がこの弥勒菩薩を熱心に信仰していたため、入滅(死去)して本尊に化身したという信仰が盛んになり、慈尊院は女人結縁の寺として知られるようになり、女人の高野山参りはここということで「女人高野」とも呼ばれている。




高野山は元々は女人禁制の寺院ですからね。たとえ母親であろうとも高野山には足を踏み入れることができなかったので、麓の施設に滞在されたのでしょう。さぞや参りたかったでしょうね。母は母ですから息子に会いたいのは当然です。それも立派な高野山を建立したともなれば・・・




ククリヒメ様、イザナミ様、如意輪観音様、子供達。そして高野山・弘法大師空海様のお母様。
「母と子供達」がテーマでしょうかね?



西国三十三所の特別札所となっているのが高野山金剛峰寺の奥の院。西国三十三所には六角堂が名を連ねておられます。・・・そして戦没者や大震災による死者や歴史上の人物の墓々が立ち並ぶのも奥の院です。・・・・

Koyasan_Okunoin_06.jpg




西国三十三所

saigoku33.png






やはり未来の子供達、その子供達を守る母親達を守れと仰っているように感じられて仕方がありません。そして英霊に手を合わせ感謝し、これからの日本のために神仏の加護を求めよと仰っておられるのでしょう。





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おじいちゃん神様再登場

  • 2015/04/17(金) 11:06:41


皆様こんにつは。

4月12日garuさんからメッセが届いていたことを知らずに過ごしていたのですが、開けてびっくり!六角堂にはやはり神社があったようです。(garuさんごめんなさい!><;)


「金色ドレスの女性はそのものやったw 2015/04/12(日) 16:59:53」


で追伸に書いていた「六角堂の「中」に祠があるんかも知れへんな・・・開けてくれんけど・・・」に対するgaruさんからの情報でした。



頂法寺 (六角堂) (中京区)  http://everkyoto.web.fc2.com/report85.html
「京都風光」さんより http://everkyoto.web.fc2.com/index.html )



ずっと下の方にスクロールしてみて下さい。神社の社が見えます。



あったんや!唐崎社!!日影稲荷さんも!!@@



これで合点がいきました。おそらく聖徳太子以前からある神社だったのでしょう。聖徳太子はそれを大事に残し六角堂を建てたということがわかります。
あの神主様が仰った「六角堂は元神社や」は本当だったんですね。

参拝させて頂かねばなりません。是非に。




ところで私の呟き。




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2015/4/14

~ビジョン?夢?~


岡田准一さん(顔だけクローズアップ)

ニッコリニヤニヤ笑ってる・・・

あれッ!?口元が汚い!!


あれ?あれ? あの口元は知ってる・・・


もしかしておじいちゃん神様!??@@
おじいちゃん神様が化けてるぅ!!??!!@@



神社の姿が薄っすら見える え?どこ??


(声・おじいちゃん神様) 「共に参ろう(進もう)・・・」


岡田准一さんのおじいちゃん神様が 寝そべって「来い来い」♪と手招き・・・

いや あのね 進むのになんで寝そべっておられるのですか?・・・


     (意識覚醒)

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何年ぶりでしょうか、おじいちゃん神様のお姿を見るのは・・・・ククリヒメ様の夢見からあの方々が姿を消したと思ったら、私の守護神様が久しぶりに御姿を現して「共に参ろう(進もう)」と仰った。

おじいちゃん神様はお風呂に入ってますというイメージがまったく無いくらいお顔も手も足も黒く汚くて髪の毛ボサボサ、歯は汚くて前歯が抜けてます。(笑)
この世界に突っ込まれた初期の頃、そんなおじいちゃんにずっと後を付けられたので「誰?何?」と冷たい目で見ていました。「考え事してんの!あっち行って!」と突き放そうとしたことがありますが、「でへ♪でへへ♪」と笑いながらやはり付いてくる・・・

そんなおじいちゃんの正体を知るのはずっと後のことになりました。

おじいちゃん神様はゼウス様のように真っ白の長い髪、真っ白の豊かな髭、真っ白のドレス?を着た恐ろしく(ビビります)威厳のある方で、純白の宮殿?のような場所にいらっしゃるのが本来の御姿です。杖も持ってらっしゃいます。私はあるときそれを見抜き、本来のおじいいちゃん神様の御姿を知ってしまいました。そして私の守護神様だと知ってしまったのです。過去には私の命も御救い下さいました。(v人v)・・・


「あの時のあの凄い方がおじいちゃん神様だったんや!@@;;」


気付いたときには衝撃が走りました。と同時に有難さで号泣しました。

しかし何故かいつもコ汚いおじいちゃん姿で御出現されます。化けるのも御上手。でも親近感があります。前にを着て出現されたこともあります。これには参りました。何故??(笑)
今回の岡田准一さんの姿を真似たのは「軍師官兵衛」や彼の映画を見ていたことなどが理由でしょう。姫路旅行にも行きましたしね。


ゼウス様のような御姿の時は恐ろしくて震えながら平伏しますが、おじいちゃん神様に化けておいでる時はタメグチきけます。ニコニコと全て笑って許して下さる。わざわざ下界に降りてきて、まるで私のお友達のように接して下さいます。「でへ♪でへ♪♪(*^^*)」と御笑いになるのがクセみたいです。

いや、お懐かしい・・・




あれ?イザナミ様(ククリヒメ様)は・・・もうお帰りになられたんでしょうか??おじいちゃん神様が御出現されたとなると、もう終わったのでしょうか?

祓いは終わったのですか??





あの頃、自分自身でも激しく出入りの多い霊人のその関係がわからなくて図にしてみたことがあります。
これです。↓

mymap_world_s_20150417110118a68.jpg



日本神界側のおじいちゃん神様があの方です。「守護霊・守護神」とつなげてありましたね。日本神界は穢れを嫌うというのに何故おじいちゃん神様はあのように汚いのか・・・これは今もって謎です(笑)
いやはや、複雑ですね。自分でもワケわからなくなっていました。^^;


もしかしたら社長さんや白いあの方々もそのうちご登場されるかも知れません。




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警察は動き始める

  • 2015/04/13(月) 14:34:32





すっかり忘れていたツイート。

多分これね、夏以降だよ。


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2015/4/5

~ビジョン?夢?~


※街中の個人病院?

受付で一悶着起こす男 老人?

呼ばれて来た警察官5~6人

ブルーの半袖の制服を着ている? 夏?

老人は外へ連れ出され 病院の白い壁にすがるように座って泣く

警察官は取り囲む

「ワシなあ! 金ないんじゃ~! せやから○○したんや~!」

関西? 阿波弁じゃない 大阪辺り京阪神?

泣きじゃくる老人 ・・・・・

(可哀想にな でも仕方がない・・・)



     (意識覚醒)

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あの方々が御出座しにならなくなったぶん、自分自身で動いているようですね。
しかしこの垣間見た情景は何でしょう?


多分、これらの夢に繋がるはずです。


「芸能界? 2014/10/06(月) 10:47:22」


「センメツ 2014/09/17(水) 14:12:58」



「センメツとは殲滅のこと 2015/03/25(水) 14:16:19」



半袖ブルーシャツの警察官だから、夏以降ですね。
間違いないです。





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金色ドレスの女性はそのものやったw

  • 2015/04/12(日) 16:59:53


皆様こんにつは。

NMさんgaruさん、お返事書こうと思っていたのですが、今朝NMさんから「ゲッ!!@@;」となるような情報が飛び込んできたのでそちらを優先しましてん。ごめんなさいね。

あわじしまさん、承認だけしましたごめんなさいのメール送りましたよ。あ、今日は京都でしたっけ?メールは今夜読んでね。(^^;・・・・・
神田さん、浄化されてるんですね。そのうち浄化も治まって楽になりますよ。はい。ただし下痢が続くとフラフラになりますから気を付けて下さいね。水分をよく摂ってご自愛くださいね。血圧が上がったのは何でかわかりませんが、血圧計持っていて良かったと思いましたよ。(笑)



~NMさんのメールから抜粋~

Wikipediaの「神仏習合」を読みなおしてて仏教神道を捨てもせず敵対もせず大事にしてたのがよくわかった。

それで六角堂の御本尊の如意輪観音は神仏習合ではどなた?


月読命でした。なるほどね。天皇が天照大神、聖徳太子は摂政だったけど、実質は天皇、しかも日本をちゃんとした国に整える仕事をしながら仏教も深く学んでた

太陽にはならないけど月だったんや。

高麗から来た師匠の慧慈法師に質問したけど師匠にはわからなかった。

太子が寝ていたら「夜夢に金人を見る。来たりて解せざる義を教す」

「金色の人」が現れて、師匠もわからなかった質問の答えを教えてくれたんや。

大使は目覚めてすぐに理解できて、師匠に説明したら師匠も理解できた。こんな出来事は一度や二度ではないと「上宮聖徳法王帝説」に書いてあった。

大使が起こした7つの寺の名前が続けて書いてあるけど、六角堂頂法寺の事は書いてない。泉があったから神聖な場所やね。

おそらく六角は如意輪観音六道救済の意味やから

Garuさんのコメント 神仏習合の記事から六角堂に神様祀る祠があっても不思議ではない。何かあったはずや。

四天王寺の現本尊は救世観音 でも近世以前の史料には如意輪観音

六角堂も同じ

如意輪観音は「十九夜講」
奈良から始まって関東に残ってる

女性が集まって安産祈願
子安信仰


ほらまた繋がってる

~抜粋終了~




NMさん有難うね!私がぐっすり寝ている間に(おい!)調べて下さったんやね!感謝やで~!!(-人―)



名無し組<><>2001/01/24(水) 22:00<>伝統の神仏習合が厳密
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:E-LXQXyQy4QJ:travel2.2ch.net/kyoto/kako/980/980341228.dat+&cd=4&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

~抜粋~

八旛大菩薩(左ノ殿 春日大神 虚空蔵菩薩 不空羂索観音)
八旛大神(薬師如来 十一面観音)
賀茂大神(地蔵菩薩 准胝観音)
三光大権現(中ノ殿 大山祇命 釈迦如来 馬頭観音)
天照皇大神(金剛大日如来 千手観音)
月読尊(阿弥陀如来 如意輪観音)
稲荷大明神(右ノ殿 猿田彦神 不動明王)
宇迦之御魂大神(弥勒菩薩 荼吉尼天)
天鈿女神(愛染明王)

赤城大明神(左ノ殿 大己貴命 普賢菩薩 大黒天)
多紀理姫命(勢至菩薩 弁財天)
須勢理姫命(聖観音菩薩 吉祥天)
須盞嗚尊(文殊菩薩 毘沙門天)
秩父大権現(中ノ殿 日本武尊 妙見大菩薩)
浅間大菩薩(右ノ殿 木花開耶姫命 胎蔵大日如来)


~抜粋終了~




げげげっ!月読命様!?@@;;;
何!?私、松尾大社の月読神社は参拝済みですよ!?

そう言えば月読神社では聖徳太子様の祠があったわ・・・



月読神社 (京都市) 

Tsukiyomi-jinja_(Kyoto,_Kyoto)_Shotokutaishi-sha
(聖徳太子社)wikiより
ここ、覚えていますよ、ええ。参り、手を合わせましたとも。



月神信仰/葛野坐月読神社(京都西京区)
http://www.y-tohara.com/tuki-kadono.html
(「戸原のトップページ-2」さんより http://www.y-tohara.com/index.html )


十九夜講 如意輪観世音菩薩 
http://www.yamano.or.jp/kozou-web/kedai/jyuukuyakou.html
(「山野山正延寺」さんより http://www.yamano.or.jp/kozou-web/syouennji-top.html )

十九夜講とは、別名を子安講(こやすこう)といい
安産や子育て、子供の健康を祈願する、女性の集まりでした。
毎月19日の夜に集まり、祈願していたことから十九夜講となりました。
信仰の対象は「月」であり、仲秋の名月を十五夜といいますね。
神道では、ツクヨミノミコト。仏教では、如意輪観音さまがご本尊として祀られていたそうです。
如意輪観音さまは、観音さまの変化した六観音の一尊
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天
という6つの世界を救済する、救世(ぐぜ)の仏さま。
主に天界の救世が多いことが、お月さまと
関係しているのかもしれません・・・。“




(19日はアテクシの誕生日ですしお寿司・・・(--;)



地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界・・・人界を除けば全て霊界。
その中の天道(天界)が如意輪観音様の受け持ちなんですね。なるほど。イザナミ様はすべての世界に精通していらっしゃるけどもね。



六道 

(六道) (真言宗の六観音) (天台宗の六観音)
天道  如意輪観音 如意輪観音
人間道 准胝観音 不空羂索観音
修羅道 十一面観音 十一面観音
畜生道 馬頭観音 馬頭観音
餓鬼道 千手観音 千手観音
地獄道 聖観音   聖観音




月読様イザナミ様と同じく行方不明になっておられるのですよね。謎の多い神様ですよね。

日本書紀ではウケモチ様をツクヨミ様が切り殺し、古事記ではオオゲツヒメ様をスサノオ様が切り殺したとエピソードがあります。これに怒ったアマテラス様がツクヨミ様と離れて暮らすことを望まれたとか。これによって昼夜ができたと。・・・このような神話は世界中でありますね。何と言ったっけ?



ツクヨミ
 
“『古事記』上巻では、伊邪那伎命の右目を洗った際に生み成され、天照大御神や須佐之男命とともに「三柱の貴き子」と呼ばれる。月読命は「夜の食国を知らせ」と命ぜられるが、これ以降の活躍は一切無い。伊邪那美神のいる夜見の国という説もある[9]。”



やっぱり。イザナミ様の世界を指していましたね。ツクヨミ様もイザナミ様もエピソード以降の活躍がまったくありません。意図的に隠された神様なんでしょうね。



六角堂→黄金の如意輪観音→金色ドレスの女性→ツクヨミ→イザナミ(ククリヒメ)

梛・隼神社→京都中央→黄龍(金色の龍)→金色ドレスの女性→(宇多天皇?(仁和寺)?)



黄龍 

DatongJiulongBi.jpg (wikiより)




仁和寺は私の御先祖様からの総本山ですが、関係あるかどうかわかりません。宇多天皇の御代に黄龍が出現したとありましたからね~(笑)


金色ドレスの女性はこれらのことを教えに来て下さったのでしょう。霊界ルールではハッキリしたことは絶対に申されませんからね。それとなく・・・ね。

神田さん子安神社が繋がりましたね。イザナミ様なんだと思いますよ。^^v



追伸

六角堂の「中」に祠があるんかも知れへんな・・・開けてくれんけど・・・

そう言えばあわじしまさん安倍文殊院の六角堂でも宇宙とかなんたらこうたら仰ってましたよ。あの時私は何故か利休の茶室を思い出したんですけどね。^^





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六角堂と梛・隼神社だぎゃ!・その2

  • 2015/04/11(土) 22:14:52


詳しく見て見ますと夢見ではこんな内容だったんですね。(忘れとったわ!)

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2011/2/20

~ビジョン?~

「京都 真ん中」 (声?)

バスから降りて京都真ん中の風景を見る

辺りは田圃? 遠くにが見え、その前に4つの縦に細長い家の集合

田圃の中に小さな祠がふたつ  

角隠し・白無垢の花嫁さんがお参りしている

私も後についてお参りしようと待っている

犬? 犬神? 小さな小さな祠はふたつ


    (意識消滅)

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note_201504112146529c3.jpg

(ついでに夢日記のバサバサと書いた絵を載せときます)
(汚い字はカンニンな!殴り書きしますからね)
「京都 真ん中 ここに来い」と強く感じていたのですが・・・)



で、



梛・隼神社 



梛神社社伝
“社伝では、貞観11年(876年)に京での疫病流行により播磨国広峰(広峰神社)から牛頭天王(素戔嗚尊)を勧請して鎮疫祭を行った際、牛頭天王の分霊をのせた神輿を梛の林中に置いて祀ったのが創祀という[1]。
その後、牛頭天王の神霊を八坂に祀って祇園社(八坂神社)を創建する際、梛の住民が花飾りの風流傘を立て、鉾を振って楽を奏しながら神輿を八坂に送ったといい、これが祇園会の起源であるとしている[1]。また、このことから当社は「元祇園社」と呼ばれるという[1]。
明治までは小祠であったが、明治7年(1874年)と昭和4年(1929年)の復興により現在の形が整えられたという[1]。”


主祭神・素戔嗚尊
配祀神:次の3柱のほか数柱。
宇賀御魂命
伊弉冉命
誉田別尊




隼神社概要
“創建は不詳。
国史では『日本三代実録』において、貞観2年(860年)から貞観16年(874年)に渡り、「後院隼神」として無位から従四位上まで神階が授けられた旨の記載がある[2]。また、延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では「京中坐神三座 並大」のうちに「左京四条坐神一座 月次新嘗 隼神社」として、式内大社に列するとともに月次祭・新嘗祭で幣帛に預かった旨が記載されている[2]。
『三代実録』当時に四条に所在した後院は朱雀院(右京三条から四条)であることから、当社は朱雀院の院内に祀られた神社であったと見られている[2]。朱雀院の復元研究においても院の南西角に鎮守として石神明神・隼社があったことが明らかとなっており、当時の隼社の位置は四条大路と皇嘉門大路交点の北東角、すなわち現在の中京区壬生花井町の南西部分と推定されている[2](位置)。その後、『延喜式』編纂時までには左京四条坊内坊城小路に移されたと見られ、以後同地で推移したとされる(位置)。“


主祭神・建甕槌神 (たけみかづちのかみ)
配祀神・経津主神 (ふつぬしのかみ)





ほらね、建甕槌神様経津主神様がいらっしゃる。霊明神社と同じですね。



ちなみに宮中・京中の式内社を見て見ますと・・・


宮中・京中の式内社一覧 


隼神社は「京中」の末席にて記録されております。大変有難い神社であったということがわかりますね。元々は朱雀院の中で祀られていたそうです。内裏ですね。


「京都 真ん中」の意味は「京中」だったのでしょう。



さて、霊明神社ではククリヒメ様はあの世界でのイザナミ様の御名前やとお伺いしてびっくりしたのですが、六角堂へ行けと言われた理由がわかりました。

六角堂聖徳太子様とご縁が深い場所です。御存知のように聖徳太子様は仏教の発展に力を入れておりました。Wikiから六角堂の創建伝承から拾ってみます。


“敏達天皇の時代、淡路国岩屋浦に閻浮檀金(えんぶだんごん、黄金の意)の如意輪観音像が漂着した。この像は、聖徳太子が前世に唐土にあって仏道修行していた時に信仰していた像であり、太子はこの観音像を念持仏とした。これが後の頂法寺本尊である。太子は16歳のとき、排仏派の物部守屋討伐にあたって、護持仏に「無事討伐できたならば、仏の功徳に感謝して四天王寺を建立いたします」と戦勝祈願したところ勝利した。そして、寺建立のための用材を求め、小野妹子とともにこの地を訪れた。その際、太子は池で水浴をするため、傍らの木の枝の間に持仏の如意輪観音像を置いておいたところ、像は重くなり動かなくなってしまった。観音像は光明を発し、自分は七生にわたって太子を守護してきたが、今後はこの地にとどまり衆生を済度したいと告げた。そこで太子は、四神相応のこの地に伽藍を建てることとした。東からやってきた老翁(鎮守神の唐崎明神)が、紫雲たなびく杉の霊木のありかを教えてくれたので、その材を用いて六角形の堂を建立したのがこの寺の始まりである。”



え~と、コメント欄に書いたような気がしますが「金色のドレスを纏った女性」がチラリと見えたのはおそらく「閻浮檀金(えんぶだんごん、黄金の意)の如意輪観音像」の化身だったのでしょう(たぶんですが・・・)(NMさんとはメールでお話してありますが)
次に参拝するルートを察して(というか案内に来られた?)御出現されたような気がしてなりません。
(NMさん御免!千手観音様ではなく如意輪観世音様だった~よ!)



仏教の元なんですよね、聖徳太子は。
霊明神社はふりの神社であると書いてます。イザナミ様はククリヒメ様で、だからはふりの元の神社でお祀りしていると神主様は仰いました。


イザナミ様あの世の元締め、名誉会長のようなものです。



ここで気が付きました。



仏教式葬式の元と神道式葬式の元・・・・神道の元へ行けば仏教の元もそうやないか?行かなあきまへんよ・・・



ああ、そいうことだったのか!と。やはりイザナミ様や~!と。


今まで社長さんや真っ白の男だか女だかわからない方々など、一生懸命教えて下さっていた方々が「ククリヒメ!」の声を残して一斉に御出座しにならなくなったのはそういうことだったんでしょう。
あの世の総元締め、名誉会長が御出座しになられれば平社員は出て来られません。当たり前です。格が違い過ぎます。怖すぎです。ビビります。10mくらい穴掘って、その中から土下座しても足りないくらい怖いです。当然です。この世全ての「元」を創造されたお母様なのですから。


イザナミ様はあの世に向かわれるまで神々様のお母様でした。そして初めて亡くなられた神様でした。
だからでしょう、あの世のこれから生まれ来る子供達(天使達)の面倒を見て下さり、現世の人々に「あの世からの声を聞きなさい」と彼等と橋渡しをして下さった。
まだ社長さんやあの方々が出て来られないところを見ると・・・イザナミ様はまだおられるのでしょうね。いや、この世が落ち着くまでずっと見ておられますよ。



やっと謎が解けました。やはり六角堂、梛・隼神社へ参らなければなりません。


はて、イザナギ様はどうなさっておられるのでしょうね?梛神社ではイザナギ様をお祀りされておられるようですが・・・



イザナギイザナミ様が再び合体する時が世の再生なのかも知れませんね。



敷島(しきしま)の大和(やまと)の国は
言霊(ことだま)の助くる国ぞ ま幸(さき)くありこそ

(長歌)葦原(あしはら)の瑞穂(みづほ)の国は
神(かむ)ながら 言挙(ことあ)げせぬ国

しかれども 言挙(ことあ)げぞする
言幸(さき)く ま幸(さき)くませと

つつみなく 幸(さき)くいまさば
荒磯浪(ありそなみ) ありても見むと

百重浪(ももえなみ) 千重浪(ちえなみ) にしき
言挙(ことあ)げす我(あれ)は 言挙(ことあ)げす我(あれ)は




先のパラオご訪問天皇陛下、皇后陛下がご宿泊された巡視船はあきつしま「秋津島」



日本の正式名称


「大八州」「敷島」「秋津島」「神国」「神州」「皇国」「扶桑」「大和」「豊葦原瑞穂国」「中津国」「言霊の幸ふ国」「蓬莱」「和州」「日出処」「皇神(すめかみ)の嚴くしき国」「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」「師木島」「磯輪上秀真国」「東海姫氏国」「玉垣内国」「豊葦原千五百秋瑞穂国」「東海女国」・・・・


パラオの英霊の皆様は天皇皇后両陛下のお迎えにより帰還致します。良かったですね。




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六角堂と梛・隼神社だぎゃ!・その1

  • 2015/04/11(土) 21:41:26


皆様こんにちはん。(いや、こんばんはん♪)
京都から帰って来てあまり体調がすぐれず、ちょこちょこと横になって寝ておりました。血圧が上がってたり下痢ピーちゃんだったり・・・もうそろそろあの世へ御呼出し?と思っていましたら、あることに気付きました。

あっ!長いこと栄養剤切らしてたんだ!飲んでない!

急ぎ買いに走り今日からまた飲んでます。キューピーちゃん。(笑)
これでどうぞ回復しますように・・・(―人―;
考えてみますと、ここのブログ始めてもう8年になるんですよね。年取るはずだ~・・・(__)~◎


さて、京都霊明神社で神主様に伺いした京都の中心、六角堂。


六角堂(頂法寺) 
rokkakudo.jpg(wikiより)


聖徳太子創建、生け花発祥の地 紫雲山 頂法寺
http://www.ikenobo.jp/rokkakudo/

“六角堂の東門を入ったところの敷石の中央に、奇妙な形をした石があります。円い穴があいており、これを「へそ石」、あるいは「本堂古跡の石」といいます。もとは門前の六角通りにあったのを、明治のはじめに、ここに移したものですが、かつてここが京都の中心地だったので『へそ石』と呼ばれました。惜しいことに寺は創建されて以来、しばしば火災にあい、現在の建物は明治初期の再建ですが、寺地は往古のままで、「へそ石」は発展した京都の中心として、今でも古都と華道の要となっています。“


ツイッターにてgaruさんとお話して教えて頂いたのですが、京都は平安京以来から色々と随分と変化してきたのですね。六角堂には「ヘソ石」があると教えて頂き、しかし平安京当時の中心とはズレているようですとも教えて頂きました。
もう一度平安京地図と現在の京都地図を照らし合わせてみますと、やはり随分とズレています。平安京地図では六角堂は同じ場所にありましたが・・・

やはり「梛・隼神社」ではないか?ということでした。NMさんもこれに賛成の一票。
あと、神社との繋がりを言えば「六角」出雲の御神紋だということしか思い浮かばないとのこと・・・ふむ。出雲か。・・・

昔の繁華街の中央が六角堂ではなかったか?と思うのですが・・・
「昔は神社やったんやで!」という神主様のお言葉が引っかかるのですが、今のところその意味が不明です。現地へ向かい、その辺をぶらつくしか手はなさそうです。
しっかし池坊、でっかいビルやな!六角堂が隠れてしまうではないか・・・!(笑)

で、地理的に見た中心はどこか?と再度調べました。と言うか以前に必死で調べたことがあったのを思い出しましたん。それ、乗っけます。


「やっと見つけた 2011/04/07(木) 03:44:08」

「私にとっては驚愕の事実 その1 2011/04/07(木) 17:23:31」



詳しくは上記の記事を読んで頂ければ分かり易いと思いますが、再度ここに地図を掲載しておきます。(実際の夢日記写真も掲載しておりました)

heiankyo_20150411212302a5c.jpg
(当時の平安京地図)

senbon_201504112130465c6.jpg
(現在の千本通。ここら辺に朱雀門、大極殿跡地がありますね)

heiankyo_cs_20150411213144c33.jpg
(平安京元地図に四方からバッテン入れてみた。クロスする所が中央。壬生寺のすぐ北になりますね)


次に自分が辿った足跡を繋ぎ、四神と謂われる重要拠点を繋いでみました。

八坂神社  松尾大社  東寺(羅城門)  上賀茂神社
(青龍)    (白虎)     (朱雀)      (玄武)


青い線は城南宮・船岡山緑の線は東寺(羅城門付近)・上賀茂神社。赤い線が八坂神社と松尾大社。(八坂は違うと思いますけど・・・)


sisin_201504112135226be.jpg
(赤と青がクロスする地点近くにやはり壬生寺があります)


千本通四条通の中央辺りが平安京中央。手元にある平安京と現在の地図をこれと照らし合わせてみますと、壬生寺のやや北側が中央で(朱雀大路の角)、あの「梛・隼神社」が中央にあったとわかります。
地理的中央は「梛・隼神社」であると思われます。やはり間違いないですね。


sisin2_20150411214019d0a.jpg







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ククリヒメその後・その3

  • 2015/04/04(土) 21:27:52


それから、次回の京都訪問は六角堂。

霊明神社の神主様に最後にお伺いしました。

「あの~・・・京都の中心の神社ってどこでしょう?」

「六角堂」



以前から気になっていた場所です。平安京の古地図と現代地図を重ねて中心を見て見ると「薙神社」「隼神社」になってました。
このことをお話しましたら、元祇園さんやないか。祇園さんは寺社やで。」(あ。牛頭大王天王が別名やったな・・・)「六角堂やろ。六角堂は元神社や。調べてみ。」

寺が元神社で、神社が元寺・・・なかなか複雑やな・・・

「今度行ってみなはれ。色々面白いかも知れへん。^^」



決まり。次回は六角堂。

で、聞いたことはあるんやが六角堂ってどこにあるんやろ?^^;
まあいい、調べてみるわ。


「あ、研究頑張ってな!本書いたらここのことも書いてや!頼むな!^^」


・・・・・・・・・・・・・・・書くんは妄想ブログです、奥様・・・orz
アテクシ阿呆やから本なんてとても書けません。ごめんなさい。




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ククリヒメその後・その2

  • 2015/04/04(土) 20:51:37


そして霊明神社に深々とお辞儀してまた護国神社へ。
写真を撮って龍馬さん達の眠られるお墓へと入って行きました。


墓、墓、墓!んぎゃー!・・・でもちっとも怖くない。

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ご立派なお名前がズラリと並ぶ・・・ここが龍馬さん中岡さんのお墓。左隣に藤吉さんの小さなお墓もあります。

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ここに龍馬さんが眠っているのか・・・「参りましたよ龍馬さん。何度も夢にご出現下さり有難うございました。日本をどうかお願い致します、御守り下さい・・・」


ふと気づくと長州藩の墓、墓、墓!・・・高杉晋作さんも!

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そうか、そうだったのか! とお墓の間に立ち、心の中で大声でお話しました。

「長州藩の皆様!今現在の日本国は長州藩の方がトップに立っておられます!安倍晋三と申します!日本国の総理大臣です!」
「きな臭い昨今、日本はどうなるかわからない瀬戸際の状態です!何卒日本国を御守り下さい!天皇陛下を頂点として日本国は今まで頑張って世界を渡り歩いて来ました!平和な世界を築いて参りました!しかし・・・!」
「皆様、どうか日本が、日本の子供たちが日本に生まれて良かったと思えるような国になりますようお手伝いして下さい!お願いします!」



パプアニューギニアを思い出しました。
幕末以来の英霊のお墓がたくさんあり、そこは元靖国神社と思えば自然と頭が下がります。この方々が日本のために戦って下さったのだと思いますと、また戦えと申し上げるのは申し訳ないとは思いますが・・・言わずにはおられませんでした。
きっとわかって下さると思います。



天之御中主神様、熊野三柱(菊理媛神様、速玉男命様、事解男命様)
天照大神様、猿田彦大神様、武甕槌命様、経津主命様、天鈿女命様


この神々様の中でククリヒメ様が出て来られたのは何故か?
「ククリヒメ!」と声を残して皆様が御隠れになりました。社長さんもあの方々も。そのうちまた御出現されるとは思いますが、まだ先のような気がします。

締め括りのククリヒメ様だから?


「岡田に聞け」と軍靴を投げた226事件の兵士、天下分け目の関ヶ原、日本を下るフツヌシ様、ゼロ戦に乗った安倍さん、英霊を指す夢の数々、竜馬さんの呟き「こんなことばぁりして・・・」


要するに今はそういう時代だということです。思い出すとこんなにたくさんあるのです。だから京都に再び呼ばれたのでしょう。都だからね。
今何が必要か?と言えば、国民の皆が祈ることです。神々様を頼り、英霊の御助力を頂き、日本の国体を守ることです。自分のことばかり考えている時代ではないのです。
それが未来に生まれてくる子供達にとって喜びとなるのです。だからあの子達がお願いとやって来たのです。


あの子達と私の橋渡しをして下さったのがククリヒメ様です。あの世とこの世を繋ぐ神様。

精一杯やりましょう。



ところで霊明神社でふと気になったので・・・

「何でククリヒメ様なんでしょうか?」
「あの方はイザナミだからですよ」
えっ!
神様の中で初めて死んだのは誰やろか?
「・・・・あっっっ!!@@
イザナミはククリヒメなんですよ。やからこの神社におられる
「だからここははふりの・・・」
「そうや^^」


空海菅公でもイザナミ様とククリヒメ様が気になって仕方なかったのはそういうことだったんか・・・!


「それから貴女を指導しておられるんは御先祖様かも知れへんね。それもかなり高いトコろにおられる方やろ。御用があるから色々教えて下さるんやろな。」


番傘。今日は雨やね。傘忘れんようになって言わはったんやろ。(笑)」
あっっ!@@;



あかん。傘、また見事に忘れました。またコンビニで傘買いました・・・orz



イザナミ様。
この方がこの世に伝えたいことがあるからご縁ある方々を呼んでおられます。いや、感じ取れる方々を招集されてます。そういう時代なんやと思います。




折角の写真やから、桜とか風景なども置いときます。桜は日本ですよって。

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ククリヒメその後・その1

  • 2015/04/04(土) 20:16:07

皆様こんにちは。
4月3日に京都へ行って参りました。桜満開で雨降り。花見したいなれど、仕事?(笑)があるからそんな気分でもなく・・・
ここしばらく風邪が長引き下痢も酷く、体調悪かったので京都行きも心配だったんですが、何とか無事に参拝を終え徳島に帰って参りました。いや~、雨に濡れて大変だったどす!NMさん、心配して下さって有難う~!
御礼に(?)先に記事書きますね。←何ソレ?


さて、ここ暫くの間に見た夢のお知らせからまず始めたいと思います。話が長くなるのでその1・その2と分けるかな?(笑)










これについては皆様もお察しだと思います。あの世の子供達、今後日本に生まれてくるであろう子供達(本当は立派な霊人でしょう)からの伝言です。日本を守って、日本を住みやすい綺麗な国にして、あの方々はこことこことここら辺にいるよ、だからお願い。・・・聞こえましたか?


実はですね、ここ最近の日本においての夢見はずっと繋がっていたのです。


「ククリヒメ! 2015/02/04(水) 09:33:28」


ロシアやドイツ・フランス・アメリカなどと思いがけない夢見もあり混乱していましたが、こと日本のことになると始終一貫していたと感じました。

龍馬さん中岡慎太郎さんが来たり、安倍さんゼロ戦に乗っていたり、手にモールス信号のような記号がザザザ!と出たり、あの方々が掌に棒を並べて見せて下さったり、下が下がると取り除くよと仰ったり、雛祭りの女の子だったりセンメツだったり、戦没者慰霊碑だったりその他諸々がすべてある方向を指示されていたコトがわかったのです。それは昨日の京都でわかりました。


ククリヒメ様の声に驚き、調べて金沢かと書きました。しかしそこまでは行けないのは御存知やろうと思い、調べて見つかったのが京都霊山護国神社でした。

まずは写真を入れながら京都日帰り参拝のことから始めましょう。
スケジュールは京都霊山護国神社→ふと見つけた近くの霊明神社→龍馬さんや中岡さん達の墓地と順番を決めていました。


ここが護国神社入口の参道。この時私は何やら「違う、違う」と頭の中にありました。桜は満開で美しいのですが・・・歓迎されていない?ような突き放されたような感覚を持っていました。何かおかしい・・・神社ではあるけれど徳島の護国神社のような凛とした雰囲気が伝わってこない。清々しさのかけらも感じられない。(失礼)
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ここが境内。
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しかしまだ「違う」という感覚が強く働いていたので参拝する前にまず社務所ではないけれど、人がある窓口におられましたのでそこで聞いてみることにしました。この時、この写真はまだ撮っていませんでした。


「あの~、ククリヒメ様は御本殿におられるのですか?アメノミナカノヌシ様は?」
「は?・・・ク、クク・・・アメ・・ア?」
日本の神々様のお名前ですが?」
「・・・???・・・ちょ、ちょっと待って下さいね!^^;;」



アタフタと別の人を連れて来られたのでその方にお話をお伺いするとこの様に説明されました。

「ここは幕末以来の英霊をお祀りしている神社なのです。日本の神様はいらっしゃいません」

やはり・・・
ピン!ときて「あの、ではあの道を行ったところの神社にいらっしゃるんですかね?」

霊明神社。確かアメノミナカヌシ様ククリヒメ様がご祭神だったと記憶が。)

「さあ~・・・??」


一応形だけ参拝だけしてすぐさま霊明神社へ向かいました。歩いて1分もかからないところです。小さな神社だったと記憶していたのですが急いでいたので通り過ぎるところでした。


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ここです。この前に来てハッ!としました。
この階段・・・!道路を挟んで階段が下まで伸びていて、そこが小高い山であることがわかる。

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あの「ククリヒメ!」の夢にソックリでした。しかし桜の木々がない・・夢の中ではこの階段を稚児(巫女)が番傘差して降りて来たのです。桜吹雪の中を。私は少し上空からそれを見てました。


すぐに見つけた桜の御神紋。やっぱり!

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霊明神社由来。(実は急いでいたので桜の神紋だけ左に見て看板を見落としてました。こんなデカイもんが目に入らないとは・・・後で気付いて写真をパチリ!)
神名を見て下さい。

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神社の石柱「志の聖地 霊明神社」「神葬(かむはふりのわざ)の原郷(ふるさと)」とかいてあります。

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本殿、サルタヒコ様の御神石。

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まことに小さな神社なので隅々まで見ても1分あれば事足りるくらいです。初めて参拝させて頂きました。感謝を述べ、今後の日本を御守り下さいと手を合わせました。

看板が目に入らなかった私は(←アホ)詳細を知りたくて「御用のある方は押してください」と書いてあった呼び鈴を押してみました。出て来られたのは神主様の奥様でした。色々お話して下さいました。私の問いかけに時々奥様もわからなくなるらしく、背後から声だけで説明して下さるのは神主様でした。出て来られる気配なし。面倒くさいんやろか?しかし段々と神主様が口を挟む回数が増えて来た・・・(苦笑

そしてこの神社の由来、歴史、こちらの神々様のこと、志士達のこと、仏教と神道、この辺り山を含めた一帯が霊明神社の所有だったこと、現在の東京都の靖国神社京都霊山護国神社が元であるということ、霊明神社所有だった護国神社は日本政府によって分けられ1000坪ほどあった所有地がわずか数十坪の現在の所有地にされてしまったこと、竜馬さんと中岡さんは確かにあのお墓の下に棺桶に入れて埋めたこと、あの階段だけが古くからある「道」で彼らはあの道を棺桶に入れて運んだということ、仏教は渡来系で神道は日本人の元の信仰であること、霊山護国神社は元々は霊明神社が持っていて祭典もすべて霊明神社が執り行っていたこと、はふりのことなどなどお伺いしました。

沢山お話して下さる神主様ご夫妻に気を良くして嬉しさのあまりついつい「実は夢見で見たんですよ、ここを。ククリヒメ様という声が聞こえたので探してここまで徳島から来ました」とお話しました。夢見では巫女さんのような稚児達が3人ほど番傘差して階段を下りて来た、桜吹雪がたくさん舞っていたと伝えましたら少し驚かれておられたようですが、階段横に桜が見えないと切り出したらこうおっしゃいました。

「いえね、ほれ、隣にホテルが出来てますやろ?それで不便やからと道も整備したんやけどね。昔は辺り一帯山で鬱蒼とした緑だけだったんや。貴女が歩いて来た道も昔は山の中だったんやで。道を広げるにあたり先代が桜が大きいなりすぎて根が張り過ぎやからって切り倒したんや。場所とるからな。ほれ、その階段の横にも何本も大きな大きな桜があったんやで。・・・・あの世の人は自分が生きていた時代しか知らへんから、そんな風景を見せたんやろな」


納得。

ここだったんですね、来て欲しいとお見せになった場所は・・・

参考に。↓

霊明神社(東山区) http://everkyoto.web.fc2.com/report930.html
「京都風光・京都寺社案内」さんより http://everkyoto.web.fc2.com/index.html )

幕末殉難志士を弔祭した霊明神社 http://hananomichi.at.webry.info/201110/article_1.html
「幕末散歩」さんより http://hananomichi.at.webry.info/ )




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