トクモトは徳本峠とダムと東電、そして原発、だから諏訪

  • 2011/04/30(土) 03:47:17


「おじさんはトクモト?(誰??)2011/04/26(火) 02:10:37」で書いた「トクモト」では、北アルプス長野県、そして徳本峠かも知れないと書きましたが、調べた結果、やはりな~という結論になりました。

地名では「トクモト」を「徳本」として鳥取県東伯郡に、「徳元」なら福島県福島市にありました。他にもあるだろうと思いますが、今は見当たりませんし、ピン!と来ません。
人名では浄土宗の僧である徳本上人さん、 製薬会社トクホンの元となった戦国時代の医師である永田徳本さん、室町時代の守護大名畠山持国さんと出てきましたが、どなた様もピン!と来ませんでした。少しだけ眉が動いたのは永田徳本さんだけです。少しだけね。

最初にヒットした徳本峠の原点に戻り、この辺りから探ることにしました。(因みに、徳本峠は永田徳本さんに因み命名されたそうです)
地図をくまなく眺めました。


徳本峠は北アルプスの上高地あたりにあり、穂高連峰を望める位置にあります。
この徳本峠の西側に梓川が流れています。梓川は槍ヶ岳を源流とし南に向かい、上高地の大正池を形成して奈川渡ダム(梓湖)に注ぎます。そして松本市を抜け奈良井川と合流して犀川となります。
犀川はやがて千曲川と名を変えます。


犀川の地理
”飛騨山脈(北アルプス)南部の槍ヶ岳(標高3,180メートル)に源を発し上高地を南流。白骨温泉からの湯川や乗鞍高原からの小大野川を合流させたのち、奈川渡(梓湖)で奈川を合流させる。ここで東に向きを変え、安曇3ダム(奈川渡ダム・水殿ダム・稲核ダム)を経由し扇状地を形成。松本盆地で楢川・塩尻市方面より北流してきた奈良井川を合流させる。ここを境として上流部を梓川、以降を犀川と呼んでいる(後述・#梓川と犀川の違いを参照)。

犀川は松本盆地を北流する中で、同じく槍ヶ岳を水源とする高瀬川が仁科三湖(青木湖・中綱湖・木崎湖)からの水も合わせ合流する。安曇野市内ではこのほか穂高川や万水川などが合流し、犀川白鳥湖は1,000羽を数えるコハクチョウとカモの群れが越冬する場所として知られる。生坂村からは北東へと向きを変え、ところどころ蛇行しつつ美しい渓谷は犀峡(さいきょう)と呼ばれる。長野市信州新町では水内ダムが琅鶴湖を形成し、久米路峡では長野県歌「信濃の国」の歌詞にも登場する名勝・久米路橋が架かる。長野盆地では裾花川を合流させ、戦国時代の武将、上杉謙信と武田信玄が川中島の戦いを繰り広げた川中島で千曲川へ合流する。合流点には落合橋が架かる。”


SaiRiverJoinsChikumaRiver.jpg



ここでふと気が付きました。かなりダムが多いということ(黒部が代表かしら?)と、犀川のダム(生坂ダム・平ダム・水内ダム・笹平ダム・小田切ダム)東京電力がすべて管理しているということ。


永田徳本もそうですが、現在の東京電力東北にかなり関係している・・・

(永田徳本は三河で生まれ陸奥国で仏門に入り、出羽で修験道を学び、李朱医学を修めた後、信濃・甲斐に移り住み、その後諏訪地方へと移住しています)


また出た諏訪・・・犀川の木崎湖(長野県)も佐渡で触れたことがある・・・

「佐渡島・木崎神社と富士山とコノハナサクヤビメ様(追記・ごめんね)2011/03/24(木) 23:42:28 」  (参照)


頭を切り換えて、今度は東電を調べてみました。きっと関係がある。おそらくその経歴と自然災害の関係・・・と感じる自身の勘。


東京電力の概要
”1883年(明治16年)に設立された東京電燈が始まりとなる。その後、日本政府による政策により、第二次世界大戦直前の1939年(昭和14年)4月に発電および送電設備が半官半民の企業であった日本発送電の管轄となり、さらに太平洋戦争直前の1941年(昭和16年)には関東地方における送電事業が関東配電に移管させられた。太平洋戦争終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による再編命令が下され、紆余曲折を経て、1950年(昭和25年)11月24日にGHQがポツダム命令を発したことで電気事業再編成令と公益事業令が公布され、1951年5月1日、関東配電の営業地域を引き継ぐ形で発足した。”


東京電力

日本発送電


日本の電力事情の歴史を紐解いてみると、昔は火力・水力に頼って開発・発展していたのですが、時代の影響も大きく、満州事変をきっかけに軍部がその権力掌握に乗り出し、五・一五事件二・二六事件を経て自由経済を排除し、統制経済を推し進め、電力事業を筆頭に軍部が台頭していったというのが筋らしい。軍部は官僚達とも結託し、半官半民の電力会社がそこに出来上がった。

水利権に群がる企業、地元民の紛争なども多く、政府は自らこの利権を手中に収める。その後、政府の完全なコントロールの下で電力会社は動くこととなる。国有化に等しい。

上記のそれは戦前・戦時中の話ではありますが、戦後はGHQが深く関わって来ます。
”GHQは日本発送電と9配電会社に再編成計画を持株整理委員会に提出するよう命令した。”とあります。これに対して第二次吉田内閣は猛烈に阻止すべく電気事業再編成審議会を設置、白州次郎氏の働きもあって委員長を含む五人の審議委員を任命。(ここら辺、ややこしいので省きます)


つまり、電力事業とは国にとって大変重要であるには違いないですが、その利権に群がる官僚体質、半官半民の体質は今も昔も変わらないということで。


話は変わって、ダムと言えど東電管理の犀川一帯ダムは発電専用のダムがほとんどで、治水・利水の利水でしかなく、洪水被害は幾度となく地元民は経験させられています。
犀川流域に建設されたダム15基のうち10基は東京電力が所有し管理する発電専用ダムであるとのことで、今現在まで何も対処して来なかったのならば、東電(及び政府)のその責任は重いと思うのですが。明らかに死者も出ている洪水が発生しているのですから。


1847年5月8日に起こった善光寺地震はM7.4で、長野盆地の直下型だったらしく、その被害は甚大だったようです。地形変動による山岳崩壊などもあり、死者総数8,600人強、全壊家屋21,000千軒、焼失家屋は約3,400軒を数えたとあります。1000年に1回の程度で激震が来るらしいのですが、恐ろしいのは、この後1854年に伊賀上野地震、安政東海地震、安政南海地震、1855年に安政江戸地震と、死者数千に達する大地震に次々と襲われることとなったそうで。

善光寺地震

ここまで調べて、ま~ぼちぼちと・・・というワケにはいかなくなった。


更に調べてみる。

では、福島第一原発はいつ出来たのか?東電はいつから原発に手を出したか?

Fukushima_I_NPP_1975.jpg



日本に於ける原子力の解禁となったのは、サンフランシスコ講和条約が発効された1952年4月。
この頃福島県は高度成長の波に乗り遅れ、エネルギー革命により斜陽化した。ために、福島県は次世代エネルギーを模索し、原子力に目を付けた。
詳細な誘致のための調査を済ませ、東京電力に誘致の話を持って行ったのが1960年。翌年、大熊町・双葉町議会にて原子力発電所誘致促進を議決。両町とも反対者はほとんどいなかった。東京電力が大熊町に福島調査所を設置した(65年福島原子力建設準備事務所、67年福島原子力建設所となる)のが1964年。


東京電力の時の社長は青木 均一(あおき きんいち)氏。決定者はこの社長でしょう。青木氏1965年から1968年まで原子力委員会委員に名を連ねている。

Kinichi_aoki.gif青木氏


次いで木川田一隆氏が東京電力社長となる。彼が社長時代の1967年9月29日に青木氏の決定事項を引き継いで1号機が着工されている。続いて水野久男氏の時代の1970年11月17日1号機の試運転を開始、翌年1971年3月26日営業運転を開始している。水野氏は福島県出身だ。

Kazutaka_kigawada.gif木川田氏
Hisao_mizuno.gif水野氏

以降、 東京電力柏崎刈羽原子力発電所も営業運転することとなり、今現在まで延々と続行している。



あれから40年。・・・・原子力発電所構想から60年が過ぎた。
これから耐久性・耐震性などの問題が出てくるのだと思う。
地下の水道管・ガス管などと同じですよ。60年も過ぎると、そろそろガタが来ますからね。突然の道路陥没は、そういう時期だと思っているんですよ。・・・原子炉、止めてみたらいかがです?


原子力推進派であり決定者の青木氏と、福島原発の今回の事故で疲労困憊している現東京電力社長・清水 正孝(しみず まさたか)氏の両者とも、東大出身者ではない。東京電力は東大出身者がほとんどだ。何の因果か?

現社長・清水氏の上に前社長の勝俣恒久氏が会長として君臨している。
清水氏は駒で、勝俣氏が握っているのだろう。・・・
勝俣氏は2008年2月、柏崎刈羽原子力発電所のトラブルの責任を取り引責辞任。代表権は保持したまま、東京電力代表取締役会長に就任すると書いてある。
清水氏が少し哀れにも見える。憐憫の情をほんの少しだけ感じる・・・




要するに、沢山の問題を一つに括り、たった一つの言葉だけで全部の意図を指し示す方は凄いってことで、突き詰めてみればこんなにもたくさんの意味があったのかと驚くばかりです。

今現在の流れは諏訪の大神様が動いておられる。
そもそも、何の罪もない人民を動物を自然を守るため。

釘をさしておられるのです。原子力にも東電にも人民の欲にも、酷いことになるぞと。そして、感じ取られておられる方々にHelpcallを出しておられるのです。

もうそろそろ今までの考えを改めなければならない時が来ているのです。

Suwa_taisha_akimiya05n4592.jpg



福島第一・第二原子力発電所地震が集中してますよ。集中攻撃されてます。
早く廃炉にして下さい。もう無理ではないのですか?



  • ジャンル:

籠神社とのご縁ができたのか

  • 2011/04/26(火) 15:29:37

またまたお店の旅行プレゼントに(従業員のクセに)当選しました。
旅行先は御在所ロープウエイだったはずなんだけど・・・何故かご案内がきて蓋を開けてみると・・・当選した場所は天橋立と伊根湾周遊、そして籠神社参拝・・・


へ? 何で?? どうなっとんの??@@


・・・・ま。いっか。

籠神社と真名井神社か・・・訪問時間は・・・15分!!??

15分て、あ~た!!!何も出来ないじゃありませんか~!!(号泣

・・・・ま。いっか。
(行かせて頂けるだけで有り難いと思いなさい!と、天の声)


5月12日に行ってきます。



そして、5月26日は京都・清水寺と地主神社へ参ります。


明後日の休日は、そうやね、地元の諏訪神社へ参拝させて頂きますか・・・


  • ジャンル:

八坂神社 その3 そして清水寺

  • 2011/04/26(火) 12:53:11


しばらく歩くと、見えてきた。ほれ、八坂の塔
趣のある界隈をずんずん歩きます。
yasaka_yasakanotou_1.jpg

八坂の塔
yasaka_yasakanotou_2.jpg

舞妓さんとも遭遇。可愛いな~♪まだ十代だろうね、左の舞妓さん♪
若いっていいな♪ ピンボケになってるけどお許しを。(´人`)
さすが京都は世界的観光地であり、全国区の名所でありますから、観光客の女の子達も美人が多いこと!目の保養をさせて頂きました。うふ♪
yasaka_maiko.jpg

二年坂・三年坂などの風景を。
もうここへ来るとゼイゼイ息が上がってましたし、足も痛かった・・・
お茶飲みたい~おうす飲みたい~できたらぜんざいも食べたい~だんご食べたい~と泣き言を言いつつ、無視してずんずん清水へ。
yasaka_ninen_sannen_4.jpg
yasaka_ninen_sannen_3.jpg
yasaka_ninen_sannen_2.jpg
yasaka_ninen_sannen_1.jpg
yasaka_ninen_sannen_0.jpg

久し振りの清水寺。何年ぶりですかね?
「巫女様~!来ましたよ~!」と呼んでみたけど、返事無し。
「で、どこですのん?どこ行けばええのん?」

仁王門、三重の塔、西門。
yasaka_kiyomizu_nioumon.jpg
yasaka_kiyomizu_sanjyutou.jpg

随求堂大随求菩薩様歓喜天様に手を合わせ、ふと左側に神社発見
yasaka_kiyomizu_kasuga.jpg
春日社。
小さな社ですが、かなり丁寧に造られた春日造りのお社でした。
ここでひとときご挨拶の祈りを済ませると、時間となりました。
京都駅へ帰らなければなりません。


この時はまだ地主神社に気付いてなかったのですね。
京都から帰って調べていて、清水の奥に地主神社があるのを発見。
そして清水の青龍会の龍のウロコは薄茶色と気付いたのでした。

以上、八坂神社・清水寺の日帰り旅行遍、終了です。
次回は清水寺参拝と地主神社参拝予定・・・ですかね?



  • ジャンル:

八坂神社 その2

  • 2011/04/26(火) 12:34:03

日吉社
yasaka_hiyosi.jpg

本殿裏側
yasaka_honden_ura.jpg

刃物社
yasaka_hamono.jpg

五社
yasaka_gosya.jpg

祖霊社
yasaka_sorei.jpg

厳島社
yasaka_itukusima.jpg

絵馬殿
yasaka_emaden.jpg

疫神社(蘇民将来命)
yasaka_yakujin.jpg

太田社
yasaka_oota.jpg

北向蛭子神社
yasaka_kitamukiebisu.jpg

ふれあい蛭子像
なでこなでこさせて頂きました。お久しぶりでございます、蛭子様♪
yasaka_hureaiebisu_1.jpg
yasaka_hureaiebisu_2.jpg

大国主社
yasaka_ookuninusi_1.jpg
yasaka_ookuninusi_2.jpg


さあ、ひとつひとつ参拝させて頂いた後、お腹が空いたのでお弁当。
京都駅で買っておいた駅弁を円山公園の先っぽで頂きました。美味しかった。
yasaka_ekiben.jpg


八坂神社を抜けて、今度は八坂の塔を目指します。



追記

八坂神社の写真をたくさん撮りましたが、本当はね、一番パワーがある場所があるんです。写真には収めませんでしたが、まあ、機会があれば探ってみて下さい。皆様もきっと足が止まるはずです。^^

(その3に続く)


  • ジャンル:

八坂神社 その1

  • 2011/04/26(火) 11:43:29

2011/3/29 京都・八坂神社

見よ、この行列。バスをスルーすること3回。やっと八坂行き乗れました。
平日なのに何で?と思ったら、春休みだったのねん・・・orz
yasaka_kyoto_st.jpg

八坂神社は西楼門が有名ですが、南が正門だということで、南の鳥居から入らせて頂きました。
yasaka_minami_torii.jpg

神社前で待機していた観光用人力車のお兄ちゃん達。「いかがですか~?♪」「乗りたいけどまた今度ね^^」「は~い♪^^」なかなかの美男子だったぞよ♪若いっていいな♪
yasaka_jinrikisya.jpg

南楼門
yasaka_minamiroumon.jpg


南楼門入って右側 能舞台と清々殿 だったかな?
yasaka_noubutai.jpg

南楼門入って正面に舞殿。さすが祇園ですね。舞子さんの提灯などズラリ。
yasaka_maidono.jpg

朱塗りの本殿
ここで手を合わせてご挨拶申し上げておりますと、薄茶色の鱗状の石が見えたのですが・・・隣のおばさんの突然の大声で画像がフッとかき消されてしまいました。残念。
yasaka_honden1.jpg
yasaka_honden2.jpg

本殿屋根。あ~、ここの屋根に上空から降りてきたのか・・・と、感慨深いものがありました。なるほど、本殿は朱塗りでした。この屋根の右側から梁を伝い五円玉を挟み込みながら本殿前に降りたんですよね。夢とは言えど、失礼を致しました。本当にごめんなさい。知らなかったんです。お許し下さい。
yasaka_honden_yane.jpg

大神宮社(伊勢)
yasaka_ise_daijingu.jpg

白河法皇時代の忠盛灯籠
yasaka_tadamoritoro.jpg

スサノオ様の荒魂「悪王子神社」
悪王子の「悪」とは「強力」の意であり、荒魂は、現実に姿を顕す、霊験あらたかな神の意であります。と書いてあります。
yasaka_akuouojijinjya.jpg

美御前社
さあ、女性の皆様、お待ちかね?美人の誉れ高いイチキシマヒメ様、タギリヒメ様、タギツヒメ様宗像三女神美御前社ですよ!
いや、私は手の施しようがないんやけど、女性の皆様のためにお祈りさせて頂きましたわよ!(嘘)(笑) 
海や水への感謝の祈りを込めました。
しかし、ナンですね、ここで一生懸命手を合わせていると、傍から見て大きな勘違いされそうで怖いですね(爆)
yasaka_utukusigozen.jpg

ほれ、もういっちょ!
ほんでも、こんなんあるとは知らなんだ・・・さすが祇園やね。名所なん?おじさんがマジマジと立て看板の文字を読んでるのが不思議やな!≧▽≦
yasaka_utukusigozen2.jpg

(その2に続く)



  • ジャンル:

おじさんはトクモト?(誰??)

  • 2011/04/26(火) 02:10:37

「龍神様に感謝 2011/04/25(月) 03:14:39」で、どや声のおじさんに何か御用か?と書きました。伝えたいことがあるならここに来なさいという意味で。

**********************************************************************

2011/4/25

~夢~

※男性(髪の毛は黒く、眉毛も黒く太く、ハッキリした赤ら顔)

名前はトクモト?

彼は私を狙ってる? 私の服を盗み出して姿を消して隠れている

何で私の服ばかり・・・靴下もいっぱい盗まれてる

刑事さんに「これ、私の服です」と伝える

刑事さん達と一緒にトクモトを探す

見つけた!

刑事さんに「あれがトクモトです!」と伝える

「私だ!トクだ!トク!」

彼は大声で私に注意が向くように仕掛ける

しかし彼は包丁を手にして私を狙う素振りを見せた

私の手にも包丁

包丁で空を切るように振り回し、彼の顔をザクッ!と斬る

「痛い!」
「そんなわけないやろ? 痛いはずがない 再生できるんだよ?」

私は彼の頬をもう一度斬る

「痛い!痛い!許してくれ」彼は泣きだしてへたり込んだ

気が付けば、女性(巫女姿のような?)二人トクモトを押さえ込んでいた

     (意識消滅)


**********************************************************************

う~ん・・・う~ん・・・ ?????

トクモトって誰?

ここは徳島(トクシマ)ですが何か?

何かの暗示でしょうけど、探しても徳本峠しかわからんわぁ!
トクモトという地名なんていくらでもありそうやし!!

何を言いたいんやろ? というか、狙われてるやん、私!?

こんな夢、昔の悪夢に比べたら屁のカッパよ! なんてね!!


追記(2011/4/26 3:32)

徳本(とくごう)峠

長野県?松本?上高地?焼岳?北アルプス?  火山?

火山が動き出す? ??



今は押さえ込まれている? ???  開放か???




  • ジャンル:

龍神様に感謝

  • 2011/04/25(月) 03:14:39

やはり毎夜々々誰かとお話ししているようです。
目覚める度に思い出せず、何だったろう?と思い出そうとするのですが、ただ優しい面影だけが心に浮かんでは消え、、、、浮かんでは消え、、、、男性なのか女性なのかわからない曖昧な笑顔、、、、うっすらとした輪郭、、、
白い服、、、、、


でもね、お話しの内容はあまり良くない感触なのですよ。
でもね、私には納得している事象なのか、すでに理解している事象なのか、ふんふん頷いているのです。時々笑みを浮かべながら、、、、、
やはりそうかと、また感じている、、、、、


強烈な恐怖イメージはありません。軽く曖昧な不安感はありますが、それはそれで笑顔をもって凌いでいける程度だと、、、


天候?災害?政治経済? どれもみなうっすらとして曖昧で掴みにくい情報。

それにしてもどうでしょう、このほっこらした気分は、、、
何だか、神様の腕の中でゆったりゆらゆら居眠りしそうな気分、、、


まあ、何か動きがあればまた書きますが、、、、


あ、そうそう、どや声の男性の方。そこのおじさん、ちょっとちょっと!
何か伝えたいん? 三度聞こえたけど、声のバイブレーションが激しくて聞こえなかったよ。家族?に何か伝えたいならここに書くけど、、、見とる?


龍神様
有難うございました。早明浦ダム、貯水率61%になりました。
まだ不安が残りますが、今後とも宜しくお願い致します。

あのね、去年は麓に雨がザーザー降ってるのに早明浦ダムには水が溜まらなかったんですよ。ピンポイントで外されてました。早明浦ダムだけ雨雲無し。もう、笑うしかない状態だったんですよ。あっれ~?って。
あれ、見事なほどにダム周辺を避けていたのは、龍神様の仕掛けですよね? お陰でヤキモキしましたよ、ドキドキです(笑)

今回は助けて頂けて感謝しております。有難うございました!

皆様、有難うございました。お疲れ様でした!

  • ジャンル:

深い神の愛は人間でははかりしれない

  • 2011/04/22(金) 01:56:31


また風邪気味なのか、鼻水がタリタリ出てきます。頭痛も相変わらずだらだら続きます。くしゃみが「ヘキシ!ヘッキシ!!」と立て続けに出てきます。
そんな時は遠慮して下さるのか、夢見はいまいちハッキリとした手応えがありません。昔からそうでした。
受け取る側も体調、精神力の整った環境が必要なのでしょう。


しかしながら、うっすらとした夢の記憶を辿ると、あまり芳しくないとお伝えしなくてはなりません。真綿で首を絞められるようなだらだらとした不安感。


今朝も起き立ちに「困ったな・・・」と思いました。
何が困ったのかハッキリしないのですが、何かを見ていて困惑した自分の印象が心の中にしこりとなってあるのです。


個人的なコトではなく、日本における皆様のコトに関係すると思います。

ただ「やっぱりそうか」と思うだけです。


一昨日の夜は、栃木県での児童6人死亡事故の被害者のため、地蔵菩薩様におすがりして願いを伝えておりました。男の子5人、女の子1人。
悲惨な事故でした・・・

おん かかかび さんまえい そわか
おん かかかび さんまえい そわか
おん かかかび さんまえい そわか



昔から、私に関係してくる霊は何故か男性がほとんどでした。
助けられたり助けたり、戦いを仕掛けてくるのも憑依してきたのも男性霊。
私の前身のほとんどの期間が男性ではなかったか?と思うほど男性にご縁があるようです。実生活においても霊的世界においても。
女性霊は補助?と感じます。彼女達は遠巻きで眺めていたり、誰の目もない場所でこっそり語りかけてきたりします。そして霊によっては暖かな気を残して行って下さいます。決して強く引っ張ったりしません。
ただ数度だけ強く引っ張られたことがあるのは、強制的幽体離脱させられた時と、真夜中に暗闇から手を出して私の手を掴んで引っ張られた時、そして高熱で寝込んでいるときに、巫女なのか女神なのかわからない女性に神殿の社の前の玉砂利の上に寝かせられた時だけです。その時は冠・衣冠束帯の男性(陰陽師?)に救って頂きました。

実際、私自身が男性となって行動している夢を何度も見ています。
何で男なん?何で男ばっかり出てくるん?と考えたこともありますが、今更考えても埒あかんので、そんなこともあると考えるのは止めました。


そこで、今まで男性について感じてきたこと、霊的なことを書いておきます。自説で書きかすので、スルーされる方はスルーして下さいね。
もちろん、この予想が外れることを願ってのことです。
魂が可愛い美しい人だからこそ現界で生き続けて欲かった、この世を助けて欲しかった、そんな思いを込めて。



16歳。数え17歳。


男の子。



この辺りの年齢が瀬戸際(ピーク・MAX)だと思ってます。純粋さを維持できる、大人の汚い世界を知らず影響されずに生きる、ある程度理解できる知恵のついた子供期間の最終だと思います。特に男の子。例外もありますが。

ここで(16歳以下)判断されるのではないか?
振り分けられるのではないか?

つまり、天国へお引き揚げ・・・還る時間。
彼等は間違いなく天国向きの魂を持っている・・・
神様はちゃんと計算し、引き揚げさせ、彼等を天使予備軍として安全な場所で育てておられる。いずれ神様の手となり足となるお役をこなし、人類を導く魂となる。それが神様の仕組んだ魂の育成。

元々天使が人間の身体に生まれ落ち、ある期間を過ごし、生まれ故郷に還る。
彼等が去った後思い出してみれば、回りの人間にとってはとても幸せな時間だったと気付くはず。両親も友人も知人も残された者は皆気付くはず。
彼等はそのように無意識に優しい笑顔、幸福をまわりに振りまいてきたはず。

これ以上現世界に居てはまわりに毒され魂が曇る。
引き揚げの時間だ・・・ そしてある日突然ピュアなまま天に還る。
それは現界に残される人の魂の成長を思えばベストタイミングでもある。

彼等が心から愛する家族、心から愛してくれた彼等の家族はやがて時が来たら彼等に逢い、目覚め、神へと先導する彼等に従う。彼等は牽引する。そんなお役目も持つ。
それは純粋さや素直さ、素質を持つ魂でなければ出来ないこと。
そのために神様は時期が来たら現界へ手を突っ込んで彼等を引っこ抜く。
人間界の欲や心の闇に染まる汚れた魂になる前に引き抜く。
これは予め決められていた約束なのだと思う。


そして、天国に還らず、この地で生きる者はこの地で御用がある。
御用は一人一人違う。内面を覗き込んで見れば、御用の意味がわかるはず。


天と地で手を繋ぐ。お役を担った魂同士が寄り添うのです、神の元に。
そのバイパス役のお役目の人もいる。彼等は霊的世界と現界を行き来している。
彼等は天と地を結ぶお役目。人、一人一人が神への道の柱となるために。


そう、繋がらなければならないのです。今正にその時期が来ているのではないかと思うのですよ。大地はすでに鼓動を始めたのですね。


若くして幼い子供さんを亡くされた方々や、早過ぎる家族の死を経験された方々には、本当にいたたまれない思いで心からお慰めしたいと思いますが、必ず逢えるから心配しないで下さいと伝えたいのです。
私も時々彼等に逢ってますから。
彼等が霊界で学び、浄化している間に現界で生きる我々も学び、浄化しなければならないのです。いずれ皆で共に歩むために。

考えてみれば、人間の欲にまみれ、金・金、名誉・名誉、男・男、女・女と他人を蹴落としてでも我欲を満たそうとする、薄汚れた心を持つ大人になった子供の姿を見るより、純粋なままで天に向かい、美しい心のまま成長した子供の霊的姿を見るほうが数十倍、数百倍、数万倍幸せなことなのかも知れないと、不謹慎ながら私はふと思うのです。

このことは、いずれわかるときが来ると思います。
今は悲しみの中で塞ぎ込んで死にたいほど苦しんでおられるのは理解しています。私も経験者ですから。
ですから余計に伝えたいのです。
いつか、神の采配に手を叩いて歓び、涙を流して感謝するときが必ずやって来ることを。



  • ジャンル:

津波を動物達と一緒に眺める

  • 2011/04/16(土) 00:34:27


ここ数日、何だかわからないフワフワだらだらした夢を見てますが、記憶に残らない些細な夢ばかりで、今は特筆することもありません。確か、誰かとお話しばかりしていたような気がするのですが・・・
相手は多分、あの白いドレス(着物?)の白い手の男性?キリスト系?
友達同士のように軽い会話をしていたような・・・
かすかにお顔も見たような・・・?

夢やビジョンを見ないのは良いのか悪いのか、、、まあ、すっきりと忘れてここのところ日中はお仕事と家事を一生懸命やってます。
気持が良いものですね、キチンと家事仕事をすると。ちゃんと生活するということは、やはり良いことだと思います。心なしか、我が家の空気も軽くなった気がします。心がフワフワ柔らかくなっているからかも知れませんが。


励めよ、励め。掃除洗濯、掃除洗濯。おのが御霊も掃除洗濯、掃除洗濯。
しっかりと我が身から遠いものから食事の準備。腹八分目わきまえよ。
手を合わせて感謝せよ。


で、忘れていた八坂神社の写真でもupしておきますね。




と、ここまで書いて八坂の写真を整理途中で眠くなって寝たのですが・・・


**********************************************************************

2011/4/15

~夢?ビジョン?~

※海沿いの町 深く入り込んだ湾と町が見える

津波・・・ 津波が押し寄せてきた

ズズズズ・・・!ゴゴゴゴ・・・!

津波が全てを洗い流した

私は小さな山の上からそれを見ていた

私の側 背後には動物達?

猫も犬もいる 鹿もいる?

津波はきれいさっぱり全てを流していった・・・

瓦礫も残らない・・・

     (意識消滅)


**********************************************************************

今回の東北関東大震災の影響で見た夢ならいいのですが・・・

ちょっと気になるので書いておきます。


  • ジャンル:

私にとっては驚愕の事実 あとがき

  • 2011/04/08(金) 00:59:54


歴史は繰り返すと書きましたが、これ以上哀しい災害は御免こうむりたいのが皆様の心情、心からの願いだと思います。

当然のことながら、私には大災害が遠のいたという感は得られなく、まだまだこれから気を引き締めてお暮らし下さいとお伝えしなければならないと思っています。

食糧難、疫病、大事故、大災害などは今後も起こりえる可能性が大ですし、あの貞観時代の災害関係を見ただけでもその規模はおわかりだと思います。
決して人事ではなく、明日明後日、自分に降りかかる災難かも知れません。

富士山、箱根、浅間、鳥海山、岩木山?、阿蘇、桜島、開聞岳・・・

そして南海・東南海・東海・・・・


先程、また宮城で震度6強の地震が発生しましたね。

今、日本は浄化の道を突き進んでいるようです。

神々様にとって、人間の死とは範疇にないことなのかも知れません。
死とは次元を越えて新しく生まれ変わるのだから平気なのかも知れません。

それもまた私の一部だよ、ごく自然な成り行きだと仰ってる気がします。

しかし、生身の身体を持って生き残り、生き続けなければならない人々にとっては、肉体をも精神をも病んでしまうような生き地獄。

ましてや神などいない、死は無になるだけと考える方には酷というもの。
少しはわかっている人より何歩も遅れて一から知らなければならないところから始めなければなりませんから。


神国日本とは、神が守る国・神がおわす国と言えばそうですが、考え直してみませんか?

神を崇め讃え、畏れ重んじ、神に付き従い、人々が生き生きと暮らす国・・・

これを神国と呼ぶ。・・・


内から変わる国、内から変えられる人、それが神国、神の御子だということを。



  • ジャンル:

私にとっては驚愕の事実 その2

  • 2011/04/07(木) 18:49:29



はい、ここで見えたのが


隼神社元祇園梛(なぎ)神社。

「玄松子の記録」より
http://www.genbu.net/data/yamasiro/hayabusa_title.htm

元祇園梛神社抜粋します。

”梛神社(元祇園社)
 素戔嗚尊を主神とし、宇賀御魂命、伊弉冉命,誉田別尊などを配祀する。
 貞観十一年(八七六)京都に疫病が流行したとき、牛頭天王(素戔嗚尊)の神霊を播磨国広峰から勧請して鎮疫祭を行ったが、このときその神輿を梛の林中に置いて祀ったことがこの神社の始まりであるという。後に神霊を八坂(今の八坂神社)に遷祀したとき当地の住人は花を飾った風流傘を立て、鉾を振り、音楽を奏して神輿を八坂に送った。これがのちの祇園会の起源といわれる。また、当社は八坂神社の古址にあたるので元祇園社と呼ばれる。維新の頃は田圃の中の一小祠であったが、明治七年(一八七四)と昭和四年(一九二九)の復興を経て現在に至った。
 境内の隼神社は延喜の制度の大社で、大正七年(一九一八)蛸薬師坊城からこの地に移祀された。梛神社とともに厄除け、疫病払いの神である。”

”梛神社は、清和天皇貞観十一年京都に疫病が流行った時、
悪疫を祓い病を鎮めるために牛頭天王の神霊を播磨国広峰より勧請したもの。
当地に数万本の梛の木があったため梛神社という。”


何故、ビジョンでは田圃の中の小さな祠だったのか、そしてこんもりした林を背にして4つの縦に細長い建物が見えたのか、これでわかりました。
4つの建物とは、素戔嗚尊を主神とし、宇賀御魂命、伊弉冉命,誉田別尊などを配祀するとあるように、四体の御祭神を表していたのですね。
こんもりした林は、ご神木である梛の木だったのでしょう。



私はここまで理解し、本当に嬉しくてなりませんでした。
四神の中央、ここがクロスする場所、大事な場所かも知れないと想像し、喜々として次の計画を練ろうとしておりました。

おまけに、あるところから情報を得て、「京都時代MAP」なるものを購入するため、ネットで手続き。注文。
kyotojidaimap.jpgこれ。

しかし、心配事もありました。相変わらずわからないのが、何故京都ばかり行くのか?という疑問が拭えなかったのと、自分如きが赴いて何ができる?と訝しがっている自身を感じていたからです。

「まあ、東京の裏は京都だもんね・・・」「昔はここが都だった・・・」

「やっと見つけた 2011/04/07(木) 03:44:08」をUPした後、そんなことをだらだら考えながら、更に検索を続けておりました。
そして、ある方のブログに辿り着きました。

「徒然史跡巡り」管理人cladeさん より
http://terameguri.blog46.fc2.com/

「元祇園 梛神社」の記事
http://terameguri.blog46.fc2.com/blog-entry-227.html

驚愕しました。

元祇園梛神社は平安初期の清和天皇の時代、貞観11年に播磨国より牛頭天皇様の御神霊を勧請して創建された神社。

貞観時代は疫神の時代だと言われていたそうで、様々な災害、疫病、飢饉、氾濫、噴火、海賊襲来と、次々に災難に見舞われた暗黒の時代でした。
だからでしょうか、石清水八幡宮・吉田神社・御香宮神社・諸刃神社・崇道神社・醍醐寺・大覚寺など建設ラッシュ。この災厄を逃れるためには神頼みしかなかった時代だったのでしょう。

貞観11年には何があったか・・・

元祇園梛神社の設立もそうですが・・・
私はこれを知って、う~んと机に突っ伏してしまいました。恐ろしくて・・・


貞観11年の出来事(869)
新羅海賊再来襲。
陸奥国府を大津波が襲う。1000人以上死亡
貞明親王(後の陽成天皇)立太子
6月14日 神泉苑で当事の国と同じ66本の鉾を立てて再び御霊会を行う
肥後(熊本)で大水害。6群が水没する。
崇道神社建立


陸奥国とは現在の福島県、宮城県、岩手県、青森県と、秋田県北東の鹿角市と小坂町です。M8.3以上の地震が襲い、大津波にも大被害を受けました。
あの3月11日の東北関東大震災とほぼ同じ場所の震源となっています。

貞観地震
陸奥国
貞観

こんな記事も見つけました。

「福島第1原発:東電「貞観地震」の解析軽視」~毎日jpより~
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110327k0000m040036000c.html

貞観時代の再来。その変化はとうに始まっているのですね。



皆様はこの夢、内容をどう思われますか?
今、そんな時代に入っていると思われますか?

「京都の真ん中」という意味は、こんな大変な意味を含んでいたのだと思うと、何故もっと早く真相を究明しようとしなかったのか悔やまれます。わずか20日にも満たない月日で震災は起こってしまったのですから・・・

最近の「徒然史跡巡り」の記事を読んでみると、管理人cladeさんは宮城出身の方らしく、ブログを5月に閉鎖予定にし、京都から宮城へと旅だって行かれました。自分にも何か出来ると信念を持ち、行動を起こされました。素晴らしい方です。


歴史は繰り返すとはよく言ったものですね。
京都へ繰り返し訪問するのは、裏の都だからでしょう。東京は表の都。
平安京は400年続いた日本の中心でした。現代は東京都が中心となる。
裏から支えなければ表は支えられない。片一方だけでは傾いて崩れるのが道理。
東の京都が中心となって何年過ぎた?
もうそろそろ某かの変動が起こるのかも知れない。きっかけは東北関東大震災。
いや、もっと前からでしょう。霧島噴火もそのうちのひとつ。
それは京都は平安京が辿ってきた型。
これが陰陽。・・・なのかも知れません。

裏側の歴史は今、表に出ようとしているのかも知れません。
たった一人の微弱な想いでも、支える力にプラスされるなら、私は喜んで京都を巡ります。西から東へパワーを送りたいと思います。



  • ジャンル:

私にとっては驚愕の事実 その1

  • 2011/04/07(木) 17:23:31

「やっと見つけた 2011/04/07(木) 03:44:08」で急ぎ追記で書いた朱文字。

前もって伝えておきますが、私は不安を煽ることはしたくないし、書くとしても厄除けのつもりでここに書いております。

まず、ここに書かなかった2月20日の第三のビジョン?の内容を。

**********************************************************************

2011/2/20

~ビジョン?~

「京都 真ん中」 (声?)

バスから降りて京都真ん中の風景を見る

辺りは田圃? 遠くに林が見え、その前に4つの縦に細長い家の集合

田圃の中に小さな祠がふたつ  


角隠し・白無垢の花嫁さんがお参りしている

私も後についてお参りしようと待っている

犬? 犬神? 小さな小さな祠はふたつ
    (意識消滅)


**********************************************************************

当時の夢日記を写してUPしておきます。これが私のソースです。
note.jpg


まず、声を便りに「京都の中心」なるものを探しました。
京都と言えど、平安京、幕末、終戦後、現在の京都などと解釈は幾通りもありますよね。
田圃の中にあった二つの祠、林を背にして立つ4つに並ぶ細長い建物は現在の京都市には見当たりませんね。ですから現在の京都市の中心という考えは却下しました。

そして平安京の内裏地図を眺め、現在の京都市と重なる地図を探しました。
やはり平安京だと思ったのは、ここに来られる皆様は漠然とわかって下さると思います。私の霊的経験、夢やビジョン、行動から読み取れるのは平安京時代だからです。

「ほしぞら.・古代史・コンピュータ」 http://blog.kcg.ne.jp/blog/castor

その管理人さん、Castorさんの記事「日本の科学技術5」に、平安京と現在の京都市の地図を重ね合わせた図が掲載されていました。

「日本の科学技術5http://blog.kcg.ne.jp/blog/castor/2503
heiankyo.jpg
地図拝借させて頂きました。ごめんなさい。


ここでふと考えたのは、京都平安京の真ん中とは大内裏か?内裏か?ということでした。そのどちらとも考えられるのですよね。


「すべてはここから始まった? 京都特派員ブログ | 地球の歩き方」より
http://tokuhain.arukikata.co.jp/kyoto/2009/12/post_156.html
大内裏と現在の地図  http://tokuhain.arukikata.co.jp/kyoto/images/%95%BD%88%C0%8B%7B%8Ej%90%D5%8EU%8D%F4%83%7D%83b%83v.jpg

senbon.jpg

青○のところに太極殿などが跡地としてあります。
縦に走る道路が千本通り平安京の朱雀大路ですね。

大内裏の太極殿跡地と朝堂院跡地は、現在の千本丸太町の四つ辻の角にあります。ここら辺の気配を探ってみたのですが、どうやらここではないらしいという考えに至りました。
明治維新当時やそれ以前はどんな街角だったにせよ、祠とは関係ないという気がしたのですが、正確な当時の写真まで調べる時間もないようなので、自らの勧に頼って今度は平安京の中心を探ることにしました。

先程のCastorさんの地図を使用させて頂きます。これにクロスをひっぱって青い線を書いてみます。
交点はちょうど山陰本線と四条通の交わる少し東側にあります。この辺りが平安の都の中心だったのでしょう。
heiankyo_cs.jpg


京都の寺社へ向かうたびに、秘かに京都の四神を巡っているという感覚がありましたが、つい最近の八坂神社へ来なさいというお印で決定的になりました。

八坂神社  松尾大社  東寺(羅城門)  上賀茂神社
(青龍)  (白虎)   (朱雀)   (玄武)

東西南北。

上記の自分自身の足で巡った四神と、朱雀玄武をよく例えられる城南宮船岡山も線で繋いでみました。
sisin.jpg

青い線は城南宮・船岡山緑の線は東寺(羅城門付近)・上賀茂神社赤い線が八坂神社と松尾大社

拡大。 青い○にあるもの。
sisin2.jpg


平安京は正確な碁盤の正確な道路を築いていました。守りの社は自然の立地条件などを含め若干ずれてはいるものの、おそらく現在の四条通の横線と船岡・城南を繋ぐ縦線との交点平安京の都の中心だと思われる・・・

(その2に続く)


  • ジャンル:

やっと見つけた

  • 2011/04/07(木) 03:44:08

「パワースーツ着ちゃった 2011/04/03(日) 01:13:48」では、「京都!」という声と「土」の穴を二つ掘るビジョンが無ければ軽く笑って流していたところです。だって、ガンダムですもの・・・

あ、真っ白の胴着と袴姿からパワースーツにヴァージョンアップしたのか?と考えると思わず笑いが込み上げてきますね。現代アニメ風じゃありませんかユニフォーム!ってことで。

でもアテクシ、ガンダムのアニソンは大好きですけど、本編はほとんど見たことが無いような無知ぶりですのんよ?



ところで、ここでは書かない夢やビジョンも当然あります。
おそらく皆様には関係ないだろうという個人的な夢や、今現在生存されておられる方の夢は書きません。実名書くなんて申し訳ないし。
さほど心配なさそうであれば、濁した言葉で書くこともありますが・・・
また、畏れ多すぎて書けない時もありますし、書けないようにされる時もあります。

今年の2月20日の夢も、ひとつ隠してあります。
何故か書けなかったんです。

「豚にご用心 その2 2011/02/21(月) 11:46:00」 (参照)

2月20日の夢で、三つ目のビジョン書いてませんが。


それは、近頃よくウロウロしている京都寺社関係のお印でした。


今頃になってやっとわかったんですよ、そこがどういう場所なのか。

調べると、どうやらビジョンは、明治維新の当時の風景だったようです。
だから田圃の中だったのか・・・と。


気になっていたので、探しまくりました。昨日、ようやくそこを見つけた。
見つけて「ここだ!」と思った瞬間、手を叩きたくなるほど嬉しかったです。


そこへ行こうと思います。 地主神社の後ですが。


でも、言えないんですよ、そこの場所。ここでも公表できません。
何か、書いてはいけない気がするから書きたくないので、ここは皆様のご想像にお任せ致します。書く気になったら、いつの日か書くかも知れませんが。
場所くらいは書けても、何故なのか理由は書けません。

鹿島神宮、香取神宮、素戔嗚尊(建速須佐之男命)様などと関係が深いです。
その他、たくさんの現在までの霊的符号を見出すことも出来ました。
そして、何故か私の HN(内緒)とも・・・
素戔嗚尊(建速須佐之男命)様のお印はこれで三度目ですね・・・


あ、ここまで書くと京都在住の方ならすぐわかるかも・・・ですね。
一般の他県人にはほとんど知られていない有名ではないところですけれども。




人型の大神様であらせられようと、自然の大神様であらせられようと、本当に良くして下さる・・・そう思わずにはいられません。
だから、心から神を信じ、愛すれば、必ずや導きはあると思うのです。
だから、この嬉しさを伝えたかったから、少しだけ書きました。
だから、皆様にも諦めないでと伝えたいのです。



まあ、しばらくはふらり京都旅が続きますわね。
何のために京都巡りをしているのか未だ不明ですけども。



追記!(2011/4/7 am4:10)

笑ってられない事態になりました。
調べていて、驚愕しました。

ここはひとつ、何故そこだったのか、もうひとつわかった気がします。
呑気に隠している場合じゃなくなりました!

しかし、今は眠いので、明日にでも書く(場所も言います)こととします!


  • ジャンル:

パワースーツ着ちゃった

  • 2011/04/03(日) 01:13:48


何だかよくわからないけど、いつものように厄除けで書いておきます。

**********************************************************************

2011/4/2

~ビジョン?~


(声)京都!

黒い土をスコップ?のようなもの(小さいスプーンみたい)で掘る

ボコッ!ボコッ!  



※真っ白のパワースーツを着て戦う練習?をしている

練習の相手も私と同じパワースーツを着て剣を持っている

私の太い真っ白の剣が薄暗い中でゆらゆら光って揺れる

「そこまで」?と聞こえた?

顔面のシールドを外し上げ ふう~ と一息ついた

私の剣を手から取る誰かの白い手(白い着物?ロングドレス?を着た男性?)

「剣を人に預ける時は このようにパワーを切らなきゃいけませんよ」

プツーン!・・・・・・・剣のパワーは遮断された

     (意識消滅)


**********************************************************************

えっ、ガンダム? と思った。

いつの間に私はガンダム搭乗員になったのん?

目覚めて、ニヤリと笑ってしまいました。だって、ガンダムですよ?(笑)


それと 京都。

京都はよく行きますので、そのせいで見たのかも知れません。とは言っても、ビジョンでは「土」しか見えませんでしたし、声もどこから聞こえたのかわかりませんけど、一応注意したほうがいいかも知れませんね。

何せ 原発銀座の近くですよってに。・・・


  • ジャンル:

抹殺と救済

  • 2011/04/01(金) 01:49:50


早急に夢日記から書き写しておきます。
八坂神社写真は後にします。

**********************************************************************

2011/3/31


~声?夢?~


※日本地図? 

「次は○と○」


※ 「何をするために(生まれてきた)のですか?」

「人類の抹殺と救済・・・」

     (意識消滅)


**********************************************************************


微妙ですね・・・日本を見ていたはずなのですが、・・・
見たはずなのに思い出せない。焦る。どこだったか?

次の男だか女だかわからない正体不明のいつもの声の主の問いかけに対して答えたのは私自身です・・・


「人類の抹殺と救済」


目覚めてから少し自分自身にゾッとしました。
私自身からこんな言葉が出てくるとは・・・
真っ白のいつもの袴姿で正座して誰かに答えていた・・・

救済ならわかるが・・・抹殺ですと?


「人類の抹殺と救済」身動きひとつせず言った。


この世は人類の意識が作り出している鏡なのでしょう。
それを正すために抹殺することやむを得ないと思っているのでしょうか?
何と恐ろしい自分なのだと感じます。ある意味、解る気もしますが・・・
いや、しかし、言葉を入れ替えてみるとどうだ?と思うのですが。


これは 「破壊と創造」
そして 「立て替え立て直し」

言い得て妙だ・・・


恐ろしい言葉ではありましたが、あながち間違いではないと思います。
何故「人類」と冒頭に付けたか。それは、神の子だからこそなのだと思う。
神の子でありながら、この惑星・地球を穢れに穢しまくってしまったのは他ならぬ人類だからでしょう。地球という惑星と共に共存し、神と共に在る存在にならなければならないというのに・・・救いは人類の魂にかかっているというのに、それを大概の方々は忘れ去ってしまっている。


このこと、私は嫌気がさしているのかも知れません。
奥底に燻っている何か、そこを突いてこられたのでしょう。

皆様には信じられないかも知れませんが、私も信じられません。
軽く目眩を起こしそうです・・・



さて、

「八坂から清水へ 2011/02/13(日) 11:11:28」で御出現された巫女様がなぜ清水寺へと指し示したのか、意味がわかりました。
そして、八坂神社で見えた龍のウロコがなぜ薄い茶色だったのかも理解しました。写真をご覧になって下さい。このウロコの色です。

seiryu02.jpg
「音羽山 清水寺」より写真拝借
http://www.kiyomizudera.or.jp/index.html

清水寺青龍会 http://www.monzenkai.com/

清水寺には青龍会というお祓い式があるのですね。境内を練り歩き、畏怖の念をもって信じ、龍神の力をもって京都の災い、人々の負を祓うのが儀式化したものでしょう。
青龍会の持つ薄茶色です。そして、清水の舞台からすぐ近くにある地主神社まで練り歩きます。


地主神社。

そうです。ここを巫女様は指し示しておられたのです。
おそらく八坂神社で見えるの姿は清水寺でわかると教えて下さり、そして地主神社へ参れと仰っておられたのでしょうね。
縄文時代から続く古社で、京都盆地が湖だった頃から信仰されてきた神社です。

ご祭神が次の大神様方です。抜粋します。

”縁むすびの神さま大国主命を主祭神として、その父母神、素戔嗚命(すさのおのみこと)・奇稲田姫命(くしなだひめ)、さらに奇稲田姫命の父母神、足摩乳命(あしなずちのみこと)・手摩乳命(てなずちのみこと)を正殿に祭祀。三代続きの神々を祀ることから、子授け安産の信仰も集めている。芸能と長寿の神さま大田大神、旅行安全・交通安全の神さま乙羽竜神、知恵と才能の神さま思兼大神を相殿に祭祀。末社には商売繁盛にご利益のある栗光稲荷社のほか、祓戸社、おかげ明神、撫で大国、水かけ地蔵、良縁大国を祭祀しています。

左の、5柱の神さまが本殿におまつりされています。素戔嗚命は八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して奇稲田姫命を救い、伴侶とされました。この夫婦神の間に生まれたのが大国主命(おおくにぬしのみこと)です。
大国主命は因幡の白兎を助けた、心の優しいご利益のある神さまとして広く知られています。”


「縁結び祈願 恋愛成就 京都地主神社」より抜粋
http://www.jishujinja.or.jp/index.html

スサノオ様も祀られておられる。メッセージの意味、謎が解けました。
八坂神社に参るならば、この方にも向かい、ご挨拶せよとのメッセージだったのですね。繋がっているからですね。青龍が守る地なのでしょう、八坂も清水も地主も。

そうですね、次回は地主神社に参拝させて頂きますね。
清水寺にご挨拶してから地主神社へ参らせて頂きますか。道順から考えると、そのほうが良いでしょうね。(地図で確認ました)
青龍清水寺地主神社にもおられるのでしょう。

ね?巫女様?
最初から不思議だったのですよ。巫女様がなぜ寺を案内するのかと。
地主神社だったのですね。ようやくわかりましたよ。有難うございました。

でも、毎回思うのですが、チャネラーのようにズバズバと物申して下さると有り難いのですが、遠回しに印だけ見せて下さるから、探すのに苦労しますよ、本当に・・・



  • ジャンル: