日本鬼子萌えキャラvs中国

  • 2010/10/30(土) 11:12:49

今日は久し振りにニヤニヤ笑ってしまいました。

某ちゃんねる 某掲示板で見つけた話題。


「日本鬼子」を萌えキャラに!

日本鬼子って萌えキャラ作って中国人を萌え萌えにしてやろうぜ まとめ@wiki

「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む

うん、日本らしい微笑ましさですね。日本はこの路線が向いてるのではないかと思うのですよ。どこの国でも、闘争心だけを前面に出して威嚇するってのは、いずれ戦争へと繋がる道ですから、こういう外し方を見習うといいのかも知れません(笑)

ここでちょっと言わせてもらいます。
萌えキャラはいいんですけど、女の子ばかり作ってないで、お、おのこ・・・男の子も入れてあげて欲しいっす。
中国人の男女共に「日本鬼子」男女キャラで萌え~!状態にしておくのが良いのではないかと。

さあ、女性絵描きさん!いかがどすか!?(笑)


え?私どすか?   ・・・・さあ、お仕事行ってこようっと。w


**********************************************************************

13 :名無しさん@十一周年:2010/10/29(金) 02:26:50 ID:Jx1mtm0i0
だいたい日本鬼子って字面からしてかっこよすぎるだろ^^
もっと侮蔑をこめた呼び名にしないと。
その昔日本人のことを倭人(小さくて歪んでいる)と命名したところ
そうだよ「和人」ですがなにか?wって返した御先祖が居るんだから
少々の罵詈雑言ではさくっと返されますよ


33 :名無しさん@十一周年:2010/10/29(金) 02:38:56 ID:iSFDdot80
アマテラスは引きこもり、紫式部は腐女子、清少納言はブログ女、紀貫之はネカマ、かぐや姫はツンデレ、
聖武天皇は収集ヲタで正倉院はヲタ部屋、後白河法皇は最新流行の追っかけ、秀吉はコスプレじじぃ、
狂言は第一次お笑いブーム、鎌倉末期は新興宗教ブーム、戦国の茶道は萌え喫茶ブーム
江戸期に入るとエロパロ二次創作がこれでもかってぐらい溢れかえっている。
事の良し悪しは置いといて、日本人は伝統的に変態遺伝子を受け継いでいるのは事実だ。
外国人から指摘されたとしても悪びれる必要はない。

堂々と千年変態だと答えればいい


そもそもね

白鳳・奈良 舶来品マンセー
平安 第一次変態文化醸成
鎌倉 質実剛健揺り戻し
室町 第二次変態文化醸成
戦国 舶来品マンセー
江戸 第三次変態文化醸成
明治大正 舶来品マンセー
戦後 第四次変態文化醸成

この国同じことの繰り返しなんだよ


599 :自治スレでローカルルール他を議論中:2010/10/29(金) 08:33:23 ID:CioGM/rX0
>>595
うわあこれ好きだ

お稚児趣味とか男色とか昔は普通にあったわけだし
春画なんて芸術的エロだしな
日本人=変態でおk
自信持ったわ


**********************************************************************



  • ジャンル:

伏見稲荷大社 その3

  • 2010/10/30(土) 08:58:33


剣石御剣社もうね、塚や社だらけで何が何やら・・・
ここは狛犬だね。何故でしょう??

husimiinari_kenseki_cyoujyasya.jpg

こんな感じ。剣石の回りは鬱蒼としている。凄い。

husimiinari_kenseki_tuka.jpg

御剣社を過ぎて、今度は薬力社奥には小さな滝があります。
薬力の滝入り口。

husimiinari_yakurikitaki_iriguchi.jpg

薬力の滝上には不動明王様の石像もありましたよ。

husimiinari_yakurikitaki.jpg

大杉社ここに来たら、なんだかホッとした~!やっと光が入ってきた~!

husimiinari_ganrikisya.jpg

大杉社に感謝して、どんどん下って行くと、御膳谷奉拝所あれ? 眼力社は?・・・あ~、飛ばしちゃった~!
まあいいや、次回にしよう・・・

husimiinari_ozendanihouhaisyo.jpg

御膳谷奉拝所御神饌を捧げる場所だったんですね。御饗殿(みあえどの)・御竈殿(みかまどの)という建物があったそうです。

一の峯から御膳谷奉拝所までの道程にある数々のお社で、こんな狛犬ならぬ狛馬のお社があります。皆様、伏見稲荷に参拝されるとき、探してみればいいかもです。(本当は、私もどこだったか覚えてないんだけどね)(笑)

husimiinari_komauma.jpg


四つ辻まで帰ってきて、ふと思いました。

「朝から何も食べてない!」 お腹がグウ~!!

四つ辻から少し下って、三徳社で参拝させて頂いた後、三徳亭というお店へ。

husimiinari_santokutei1.jpg
husimiinari_santokutei2.jpg

伏見稲荷大社と言えばお稲荷さん。きつねうどんを頂きました~
三角のお揚げが甘くて美味しい!出汁もよく利いていて、関西の味!美味い!
愛想の良いおばちゃんに有難うと感謝!あ~、美味しかった!^^

husimiinari_santokutei_kituneudon.jpg


ご本殿へ帰って来て、はじっこにある末社にもご挨拶。
左端が長者社(秦氏)隣が荷田社(荷田氏)右端が両宮社(天照皇大神様、豊受皇大神様)

husimiinari_massya.jpg


また参拝させて頂きますねと心で呟きながら、伏見稲荷大社を後にしました。

う~ん、何とも神聖で不思議な空間でした。神様と衆生の民が混在してる。
人々がこぞって社を建てるのを、微笑んで見ていて下さるのかも知れません。

来月は東寺です。時間があれば、また伏見さんに伺いますね。^^
有難うございました。ぺこり。



  • ジャンル:

伏見稲荷大社 その2

  • 2010/10/28(木) 18:57:40

husimiinari_senbontorii3.jpg

千本鳥居から出てきたところ。結局、右も左も同じ場所へ出るんだけどね。
何か意味深ですよね~

husimiinari_senbontorii4.jpg

千本鳥居を抜けた所が「奥社奉拝所」 この奥に礼拝所があります。神聖なる場所です。
husimiinari_okusyahouhaisyo.jpg


絵馬!キツネの絵馬!面白い顔、可愛い顔がいっぱい並んでます。^^

husimiinari_ema.jpg

奥社奉拝所の右奥に「おもかる石」があります。私も願いを込めて持ってみましたが、、、お、重い!! もう一度持ってみたら、更に重くなった!!!

husimiinari_omokaruisi.jpg

神職の男性の方に「どうでしたか?」と聞かれましたので、「重かったっす。まあ、願い事がアレだもんで、無理だとは思いましたけどね~」と答えますと、笑っておられました。
ここでお札とクリスタルのお守りと主人用の金運のお札を購入。
伏見稲荷のお札は木で出来ているらしく、分厚いんですよ~

さあ、次は熊鷹社を目指して鳥居のトンネルをどんどん登って行きます。

熊鷹社ここで五月蠅いおばさん達が御神前でくっちゃべっていたのよね~
この写真は、帰りに再度撮したもの。

husimiinari_kumatakasya.jpg

熊鷹社の横にある新池。谺ケ池(こだまがいけ)

husimiinari_kodamagaike.jpg

熊鷹社を後にして、またどんどん鳥居の下をくぐって行きます。


三つ辻に辿り着き、鳥居を抜けると・・・御茶屋さんの軒並みが見えます。
まだまだ先は長いので、ここではお茶はパス。

husimiinari_mitutuji.jpg

三つ辻から四つ辻へ向かう道。相変わらず鳥居だらけ。

husimiinari_mitutuji_yotutuji.jpg

四つ辻手前にある展望所。京都市内が眺められます。
四つ辻でお茶にしようと思ったら・・・閉店中。残念でした~

husimiinari_yotutuji_tenbou.jpg


各所にある社では、ひとつひとつ参拝させて頂きました。
今度はいよいよ三の峯です。もう、この頃になると足が痛いです。

三の峯。ここには野良猫が数匹いました。かなり痩せてる・・・

husimiinari_sannnomine.jpg

三の峯の猫ちゃんたちのうち、子猫。親猫は何となくキツネ顔に見えるんだ・・・

husimiinari_sannomine_koneko.jpg

二の峯

husimiinari_ninomine.jpg

やった!一の峯!

husimiinari_ichinomine.jpg


さあ、今度は御剣社まで下って行きます。


(その3へつづく)



  • ジャンル:

伏見稲荷大社 その1

  • 2010/10/28(木) 15:56:22

伏見稲荷大社から帰宅したその夜、一文無しになってしまった夢を見ました。車ごとすっぽり盗まれてしまい、バッグに入れてあったカードや通帳やら、ごっそりやられてしまいました。何でこんな夢見てんのん?(泣)

さて、では早足で回った伏見のお稲荷さんを。


京都駅に到着し、すぐにJR奈良線に飛び乗り稲荷駅へ。所要時間10分以内。
小さくて赤い可愛い駅ですね。

husimiinari_inarieki.jpg

稲荷駅を出てすぐ左に大鳥居。真っ赤な一の鳥居

husimiinari_torii.jpg


参道の右側を歩き、二の鳥居ここから本来は朱色の楼門が見えるはずなんだけど、塗装中ですっぽり隠れてしまってます。このアングルで、もっと空中に浮かび上がって見えたのが私がビジョンで見た朱の鳥居と朱の楼門なんですね。
やはり伏見稲荷大社に間違いないです。確認。

husimiinari_roumon.jpg


楼門を抜けると、すぐ真ん前に外拝殿神楽殿かな?と思ったのですが、外拝殿(げはいでん)と呼ばれるんだそうで。美しいですね~!

husimiinari_kaguraden.jpg

外拝殿をくるりと後ろに回り込むと、ご本殿

husimiinari_honden.jpg

ご本殿前には狛犬ならぬ稲荷様。^^稲をくわえた稲荷さんも撮したのだけど、真っ暗だったので、こちらを。

husimiinari_inarikitune.jpg

ご本殿を横から見た様子。

husimiinari_honden_yoko.jpg

ご本殿にてご挨拶させて頂き、そのまま左横の土産物屋さんへ行きます。
ここで手に入れるのが、伏見稲荷大社のご案内地図。
英語版、日本語版があります。当然、日本語版を頂戴しました。

husimiinari_miyagemono.jpg

さあ、奥宮へやって参りました。左側には白狐社もあります。

husimiinari_okumiya.jpg

白狐社。安倍晴明様の母上も白狐と言われますが・・・ほんと?

husimiinari_siragitune.jpg

奥宮の前には「箱入り娘」ならぬ「箱入り狐」!

husimiinari_okumiya_hakoirikitune.jpg

神馬舎。豪華な馬の鞍も見て下さいね。^^

husimiinari_sinme.jpg

さあ、ここは千本鳥居までの入り口です。わくわく♪
沢山の鳥居をくぐって歩いていきます。太陽の光が入ってきて、とても美しく映える鳥居です。

husimiinari_senbontorii1.jpg
husimiinari_senbontorii2.jpg
husimiinari_senbontorii6.jpg


千本鳥居の入り口。工事中。奥に鳥居が左右並んでいるのが見えますか?
左右のどちらでも良いらしいのだけど、私は右側を選びました。
千本鳥居のトンネルは延々続きます。

husimiinari_senbontorii5.jpg

(その2へつづく)

  • ジャンル:

伏見稲荷大社へ参拝して参りました

  • 2010/10/27(水) 09:07:02


昨日、10月26日火曜日、京都は伏見区の伏見稲荷大社へ参拝させて頂きました。天候は曇り時々晴れ。時々天気雨(笑)時々狐の嫁入り(笑々)

どこまで行っても朱の鳥居、鳥居、鳥居・・・
どこまで行っても塚、塚、塚・・・

これだけ塚があると、お墓に取り囲まれているような錯覚。w

皆様、初めて伏見稲荷を参拝される時はご注意下さい。
伏見稲荷大社の社には、ご神紋の「抱き稲」の幕が張ってあったり、注連縄が張ってます。
たいそう立派な神名が彫られた石や社でも、それは個人が建てた社や塚ですから、間違って一生懸命に手を合わせないように。
これらは無視して本社の社で手を合わせましょう!キリがありませんから!
   ↑
(まさかまさかの騙された本人の弁^^;;)


残念ながら、ビジョンで見た楼門は現在塗装中で、すっぽり幕で被われてました。折角、ビジョンで見た通りに写真に撮ろうと思ったんですけど、駄目でしたね。次回にします。


本殿から奥社、千本鳥居を抜け熊鷹社、三つ辻、四つ辻へ。そこから三の峯、二の峯、一の峯へと登り、御膳谷神蹟へと降りて来ました。

もう、階段でヘトヘト、足ガクガク・・・
この日は外国人がいっぱいでしたけど、外人さんもゼエゼエ・・・

右ルートで回りましたけど、伏見稲荷さんは1回では無理ですね。
次回は左ルートを回ってみます。滝も見てみたいしね。

つまり、広すぎて1回や2回では制覇できないお山なんですね。

何と言いますか、神域ではあるけれど、一般庶民の信仰がごちゃ混ぜになった場所であると思いますね~
パシパシ!とくる光と、人々の凄まじい想いが渦巻く場。

気合いを入れて回りましょう。

あ、熊鷹社の拝殿の真ん前でおしゃべりしていたおばちゃん達、ちょっと謹んで頂きたかったですね。神様の真ん前で名刺交換やら世間話に花咲かせるとは何事ですかッ!?参拝に来た方々は、皆が貴方達に手を合わせる格好になっているではないかッ!!
皆が迷惑しとったんでよ!?わかっとん?(怒)
私が睨んだん、意味わかっとん?(怒々)

ふう~・・・・ 我が道ばかりの輩が多いこと!
貴女達には神様も憤慨なされたことでしょう。

また後日、写真UPしますわね。鳥居ばかりだけんども・・・(笑)



  • ジャンル:

木火土金水(もっかどごんすい)

  • 2010/10/21(木) 15:22:10


木火土金水(もっかどごんすい)

・・・・・



高貴な方々が乗られる車はこれですよ。

超自然の車です。


今、攻められている仏界で言うなれば 「五大」

ご縁の深いイエス様の世界では「精霊」あるいは「天使」とも言う

五色の旗 これは神道


これに一つ加えるならば、「ヒ」


「ヒ」「霊」「人」「心」


これが六芒星となる



かごめ かごめ ・・・・・かごのなかのとりは いついつでやる

よあけのばんに つるとかめがすべた

うしろのしょうめん だあれ


五芒星の真ん中 なに?

六芒星の真ん中 なあに?



また原点に戻りましたな



  • ジャンル:

伏見稲荷大社から東寺

  • 2010/10/20(水) 23:28:22

11月の京都行きバス予約、やっと取れました。10月の末、29日には伏見稲荷大社参拝と決めているのですが、11月は東寺に参拝に行こうと思います。

今熊野観音寺、丹生都比売神社、熊野本宮大社と繋がりに繋がりて、どうやら最近の水先案内人は弘法大師空海様のような気がする・・・
いずれ、神社丹生都比売熊野本宮大社には参拝させて頂きますが・・・

取り合えず11月は 東寺!!

真言密教総本山である東寺。ここは伏見稲荷様のご助力があったればこそ創立できた寺院。言わば、伏見稲荷大社東寺守護神様でもあらせられるはず。
伏見稲荷にも弘法様の社があり、東寺近辺には伏見稲荷大社の氏子が集中してお住まいになっていらっしゃる。
かなり深いご縁があるのですね。

貴船神社から水繋がり、ウケ繋がりで伏見稲荷大社へ。伏見稲荷大社から弘法大師様繋がりで和歌山丹生都比売神社、熊野、高野山から東寺へ。

「金色の塔 五芒星? 2010/10/17(日) 10:22:23」 (参照)

「お釈迦様と相輪 2010/10/18(月) 10:50:52」 (参照)

この金色の塔の丸いボールの意味は、そういうことだと認識しました。


※奄美大島の方々 負けないで下さいね  ・・・・・・


  • ジャンル:

お釈迦様と相輪

  • 2010/10/18(月) 10:50:52

2010年10月17日の金色の塔の夢(ビジョン?)


あれは五重塔や三重塔のてっぺんにある「相輪」というものだそうです。

~wiki「相輪」より抜粋~

相輪(そうりん)とは、五重塔などの屋根から天に向かって突き出た金属製の部分の総称。

上から順に

宝珠:仏舎利(釈迦の骨)が納められる。
竜車:高貴な者の乗り物

水煙:火炎のデザインだが火事を避けるため水煙とされている。
九輪(宝輪):五智如来と四菩薩を表す。
受花(請花):飾り台。
伏鉢:鉢を伏せた形をした盛り土形の墓、ストゥーパ形。
露盤:伏鉢の土台。
宝珠は仏舎利が納められるため、最も重要とされる。 なお、中心を貫く棒は「擦」(または「刹管」)と呼ばれる。


~抜粋終了~

sorin_Kobe_Rokujo_hachiman-jinja18s3200.jpg
(wikiより写真拝借)・・・デカッ!


つまり、私は上二段の丸い金色のボールを見ていたのですね。

お釈迦様のお印だったのですよ。

何やらワケわからん状態から抜け出ることが出来て、スッ!とした気分です。


ここで思い出したのが、2年半前3年半前に見ていたビジョン。

「インド・ネパール・ブータン、そして中国 2008/03/26(水) 20:16:45」

ここの記事では、夢日記に見たビジョンを絵にして書いてあるとあります。
しかし、面倒なのでUPするのはやめたと書いていますね。

夢日記を掘り起こして、当時の絵を写真に撮りました。これです。
ノート自体が古びてしまったので、画面悪いですが、お許し下さいな。

syaka.jpg


お釈迦様はネパールのルンビニでご生誕されました。インドとネパールの境目、国境付近ですね。

あのまばゆいばかりの強烈な光は、お釈迦様を指し示していたのかも知れないと思う今日この頃です。


ところで、五芒星

(声) 「五芒星が隠れている」 

「金色の塔 五芒星? 2010/10/17(日) 10:22:23」 (参照)

高貴な方が乗る車は五芒星なん? これも意味不明。


追記

一番上の金色ボールには「目」があった。
すわっ!居る身名手ぃか不利目尊か!?と思ったのですが・・・

お釈迦様は恒に見透かしていますよ~ ってことなんでしょうかね?^^;




  • ジャンル:

金色の塔 五芒星?

  • 2010/10/17(日) 10:22:23

2010年10月12日、何かが生まれた。誰か?新しい神か?

いよいよ世界が変動し始めるのかも知れない。

良い前触れだと信じたい。




さて、昨夜2010年10月17日の夢。

**********************************************************************

2010/10/17 

~夢~

※どこかの崖の下

崖の下は海で、私はひょっこり海面から頭を突き出している。身体は濡れていないし、水しぶきも顔にかからない

崖と海面の境に大きな窪みがある

その大きな窪みの中には金色に輝く塔がある

20mくらいの高さだろうか?

塔には丸いボール型の金色の玉(笑)が二つ串刺しのように並んでいる

上のボールには  「目」??

下のボールには  「何か」の形?

(声) 「五芒星が隠れている」

     (意識消滅)


**********************************************************************


はい、朝から探しています。寺院の塔だとわかっていますから。

奈良 薬師寺は東塔、金色の水煙の上の部分。これが一番近いね。

私にはいつも「これ」「コレ」とズバリ指し示して下さらない。

まあ、いいんだけどね・・・・

Yakushiji_Pagoda_Scan_2.jpg
(wikiより拝借)


追記

ああ、東塔ではなく、西塔だね。

と言うか、日本の寺院の塔のてっぺんは皆同じに見える。
つまり、寺院の五重塔、三重塔に意味があるのかも知れないね。
しかしながら、塔のてっぺんのあの丸い物体は一体何??




  • ジャンル:

乳子は熊野にあった

  • 2010/10/14(木) 12:02:47

「乳子 ? 2010/10/13(水) 19:19:16」で書いた「乳子」の意味がわかりましたよ。和歌山県は熊野本宮大社のことだったのです。


ちちさま(乳子大師) http://www.mikumano.net/meguri/tigo.html

「み熊野ねっと」よりお写真拝借 http://www.mikumano.net/index.html

tigo2.jpg

文中に「音無川沿いの道を500mほど本宮大社旧社地から遡ったところに「ちごの谷」という支流がありますが、その谷を100mほど入っていくと、乳子大師(ちごだいし)あるいは子安弘法といわれる石仏(地蔵坐像)を祀った場所があります。」とあります。

本宮大社旧跡地とは、現在の熊野本宮大社があった場所であり、熊野本宮大社は熊野三山のひとつ。熊野大権現様。

元々はこの乳子大師のすぐ近く、 大斎原(おおゆのはら)に本宮があったのですね。熊野川と音無川に挟まれ、さながら大河に浮かぶ小島のようであったといわれるかつての本宮大社。・・・・

大斎(おおゆのはら原)http://www.mikumano.net/meguri/oyunohara.html

「み熊野ねっと」よりお写真拝借 http://www.mikumano.net/index.html

minoyunohara.jpg

熊野本宮大社のご祭神、第一殿から第十二殿までをざっと目を通すと、あれま、こりゃ何としたことか!と目がギョギョと開きます。

第三殿の家都美御子大神様は、私のご本尊である阿弥陀如来様
ニニギ様やニギハヤヒ ウガヤフキアエズ様もいらっしゃる。
何と凄い神社だろうかと、あらためてビックリしています。


熊野本宮大社


ご神紋は八咫烏 と、  三つ巴!?
ははあ~、なるほど。最近の三つ巴をご神紋とする神社巡りが繋がったね。
(奇しくも八咫烏の神社は京都で参拝させて頂きましたね。)

熊野三山である本宮・新宮・那智の中で、 「丹」の朱塗りをしなかったのは熊野本宮大社だけであると書いてあったね。何故なら、「丹」は仏教色が色濃いからだそうで、ここでも弘法大師空海様の匂いがする。


弘法大師空海様の足跡が数多く残されている熊野。熊野の隅々まで歩かれたに違いない。熊野から高野山へと向かい、真言密教の総本山高野山を開いた。


ちょっと待てよ?

次回参拝させて頂く伏見稲荷大社とはどう繋がるのだ?


地図上で見て、ハッ!としました。

伏見稲荷大社の稲荷山の北。すぐ近くに東山、今熊野観音寺がある!


「京の四季 名勝散策 写真集」様より
http://blog.goo.ne.jp/kappou-fujiwara

東山 今熊野観音寺 03/12/2010 (抜粋)
http://blog.goo.ne.jp/kappou-fujiwara/e/ff9026ccc0a3a877368078a9aa4fed7f

”今熊野観音寺は、弘仁年間(825年頃)に弘法大師が熊野権現の化身から観音霊地の霊示を受け、嵯峨天皇の勅願により観音像を刻んで本尊とし草堂に安置したのが当寺の創始といわれております。 また、854~857年に左大臣藤原緒嗣が伽藍を造営したとも伝えられています。
後に、後白河法皇は本尊を深く信仰し、霊験により持病の頭痛が平癒したのをきっかけに、本寺に「新那智山・今熊野」の名称を与えられ、以来、頭痛、中風、厄除けの観音として繁栄してきたといわれております。”




偶然にしては出来過ぎ。

と言うか、熊野神社って京都にあったように思うけど・・・?

あ、あるやん。東山エリア八坂神社にほぼ近いじゃないですか・・・今熊野観音寺、熊野神社、新熊野神社にも参拝させて頂かなきゃならんってことかな?

あ、丹生都比売神社石清水八幡宮は、行くことが出来る日まで待とうと思いますのん。手近な所で間に合わせるって良くないと思ったから。^^



  • ジャンル:

乳子 ?

  • 2010/10/13(水) 19:19:16


**********************************************************************

2010/10/13 夢?

※また学校で授業を受けている

クラスに3人の女性達が入ってきた

「昨日、チチコが生まれました!」

クラスの連中は手を叩いて喜んだ

はて?・・・・

ちちこ・・・乳子・・・・????


**********************************************************************

ただ今調べ中。w さっぱりわからんわい。www

  • ジャンル:

伏見稲荷大社だったのか

  • 2010/10/11(月) 09:24:35


「神々様の繋がりとピラミッド構築 2010/10/09(土) 10:36:38」で書いたビジョン。 朱色の大きな鳥居とすぐそこに見える朱塗りの額縁のある楼門。

探してみたら、やはり伏見稲荷大社でした。

「月刊京都史跡散策会 第35号」より
http://www.pauch.com/kss/g035.html

そうそう、この角度、楼門の額縁、そっくりです。


「月刊京都史跡散策会 第35号」さんより抜粋~

〔稲荷の神のなりたち〕
 
 ”上古から稲荷山には神々が鎮まっているという信仰がありました。稲荷山はいわゆる神奈備山の形をした神体山であります。一説によると、イナリのイはイカシ・イカヅチなどのイカの意味をもつ接頭語であり、ナリは雷のなりひびくことで、イナリ神は雷神であるといわれています。古代人は雷神を稲作にあたって水を供給する神として崇敬していました。この深草の地は弥生時代から豊かな農耕地でありました。ここに根をおろしていた秦氏の一族は農耕氏族でありました。
かれらは、雷神を祀って農耕守護神とし、奉斎したのが起こりであります。この山麓地帯には氏族の長たちの古墳が造られ、氏族の祖神を農耕神として神体山にあがめ祀り、やがて里宮としての社殿を創建しました。
 稲荷神社がその第一の祭神を倉(くら)稲(いね)魂(たま)神としているのは、この神社の根本的な性格を最もよく物語っています。洛西の秦氏と洛東の秦氏による京都形成には、やはり帰化系氏族の力によるものであります。西の松尾大社と対する東の稲荷大社はそうした意味の古代氏族の信仰的表徴でありました。
 現本殿の五間の中央に宇迦之御魂(うかのみたま)神(倉稲魂命)、右の間に大宮能売(おおみやのめ)神(稚産霊(わかむすび)命)、左の間に佐田彦(さたひこ)神(保食(うけもち)神)を祀っています。ともに農耕神であり、延喜式内社であります。そしてさらにその左端に田中大神、右端に四ノ大神を祀っていますが、これらは摂社であります。”


ウケ、ウカの神とは農耕神様であらせられ、水や穀物神様とは切っても切れないご縁がありますね。当然、阿波の神様大宜都比売命様とはご縁が深いはず。

このビジョンを見た10月9日は体育の日の前日。つまり、伏見稲荷では講員大祭の真っ最中だったワケで、なるほどな~と思えるのです。
講員大祭とは、講務本庁の講員が、ご神恩に奉賽するとともに、家内安全・生業繁栄を祈願するお祭で、全国の講員が参拝、境内では盛りだくさんの神賑行事が繰り広げられる日だそうです。
kouinntaisai2.jpg(伏見稲荷大社HPより写真拝借)
http://inari.jp/index.html



ははあ、貴船神社の次は伏見稲荷大社ですか。では、10月の京都日帰り旅行は伏見稲荷としますね。(あたしゃ京都の名所観光係ですか?笑)(あるいはパワスポ巡り大使ですかね?笑々)



・・・・って、ちょっと待て。

石清水八幡宮丹生都比売神社もまだ参拝させて頂いてないよ~! ><;;
ちゃんとお印頂いているのに~ ><;;;

しくしくしく・・・・(ノ_;)・・・・



・・・・って、泣いとる場合かッ!

石清水八幡宮弘法大師・空海様の弟子で南都(奈良)大安寺(だいあんじ)の僧行教(ぎょうきょう)が創建(860年)

丹生都比売神社は、丹生都比売大神の御子 高野御子大神が密教の根本道場の地を求めていた弘法大師の前に、黒と白の犬を連れた狩人に化身して現れ、高野山へと導き、よって大師は丹生都比売大神様よりご神領である高野山を借受け、山上大伽藍に大神の御社を建て守護神として祀り、 真言密教の総本山高野山を開いた。


ここんとこ弘法大師様のご縁も深い気がするなと思っていたら、伏見稲荷にも弘法大師様が関係していましたよ。


”平安時代に稲荷信仰は真言密教とむすびついて広まることになります。弘法大師空海は弘仁7年(816)、藤森神社の前身、藤尾社の土地を請い稲荷社を造営しました。天長4年(827)、空海は東寺の五重塔造営にあたり稲荷山の木を伐り出しました。ところが、このことが淳和天皇の病気の原因であるという占いが出ました。そこで天皇が稲荷神に従五位下の位階を贈って謝罪したことから、稲荷社と東寺の関係が密接になり、やがて東寺の鎮守社ともなりました。” (第35号より抜粋)




弘法大師様が手を引っ張っていらっしゃるのか、神々様が引っ張るのを背後から弘法大師様が後押ししていらっさるのか・・・はてさて? 自分が行きたいと思っているから見ているのか・・・はてさて??

そう言えば、伊勢神宮の外宮をまわる夢の中、弘法大師様のお姿を拝見しておりますよ。あのご神域にもいらっさったでしょ?(笑)>弘法大師様


何はともあれ、時間をかけてじっくり伏見稲荷を参拝させて頂きますわね。
まず明日、鳴門の丹生神社へ参拝、そして伏見稲荷大社、その後はどこから指令があるかわかりませんが、取り合えず高野山へ参りたいと思います


ところで ハンガリー今、大変なことになっていますね。
大丈夫なんでしょうか?

初めてハンガリーの夢を見たのが「ハンガリー ルーマニア 2009/03/22(日) 22:47:03」の記事を書いた日。金髪悪霊ちゃんが久し振りに登場した日。
その後、ハンガリー危機と呼ばれる経済危機もありましたが、今回は人命にかかわる大きな災害。・・・本当に大丈夫なんでしょうか?心配です。


  • ジャンル:

神々様の繋がりとピラミッド構築

  • 2010/10/09(土) 10:36:38

丹生都比売様--大日女姫様--稚日女尊様--罔象女神様--オカミ神様--大宜都比売様--天照大神様--玉依姫様--神功皇后様--半島--大陸--弘法大師空海様--高野山真言宗--辰砂--水銀鉱脈--中央構造線


こんな繋がりがあるのかな?

水、瑞々しい女神、水銀(みずがね)・・・ということでしょうか?
丹生都比売様は水の配分を決定される神様であり、丹の採石場を司る神様でもあるらしい。 「丹「辰砂」赤色硫化水銀、丹砂、朱砂、水銀朱などの別名があり、辰砂を200~600°で熱すると出る水銀蒸気が冷やされれば水銀となる。

”中国の辰州(現在の湖南省近辺)で多く産出したことから、「辰砂」と呼ばれるようになった。日本では弥生時代から産出が知られ、いわゆる魏志倭人伝の邪馬台国にも「其山 丹有」と記述されている。古墳の内壁や石棺の彩色や壁画に使用されていた。漢方薬や漆器に施す朱漆や赤色の墨である朱墨の原料としても用いられ、古くは吉野川上流や伊勢国丹生(現在の三重県多気町)などが特産地として知られた。平安時代には既に人造朱の製造法が知られており、16世紀中期以後、天然・人工の朱が中国から輸入された。現在では奈良県、徳島県、大分県、熊本県などで産する” (wikiより抜粋)


おそらく縄文の時代から絶えず人々がこれらを追い求めて九州、四国、紀州、関東と、構造線沿いなどを遡って来たのだろうね。なるほど、関東より北には丹生都比売神社は存在しないという。
丹生族が祀った丹生都比売様は、その頂点だったのだろうか?

丹生都比売様記紀の中には登場しない。隠された神様である・・・

丹生都比売神社のご由緒に、 弘法大師空海様は丹生都比売大神様よりご神領である高野山を借受け、山上大伽藍に大神の御社を建て守護神として祀り、真言密教の総本山高野山を開きました。・・・と書いてある。
高野山借用書の面白話に、弘法大師様が「十年」と書いてある「十」の上に点を打ち、「千」としたという、なにやら詐欺まがいのような事をしたという話がある。今なら裁判沙汰になるよね。ホンマかいな?(笑)


丹生神社は賀茂氏が押さえているフシもあり、高野山真言宗も丹生の流れを押さえているフシがあるね。


ところで、丹生神社
鳴門にもありましたよ。先日参拝させていただきました妙見神社の近くです。
近いうちにこちらも参拝させて頂きましょう。ご縁があるような気がするw


さて、近日の夢とビジョン。

**********************************************************************

2010/10/7 

~夢~

※何人かの人々が、お皿に食べ物を少し盛っている

どうやら皆で食料を集めて来て、食べるつもりのようだ

「けっこうあるじゃないですか。白ご飯もありますよ」
「これはパックのご飯です。あまり動かないからこれだけで充分なんです」
「これを食べ尽くしたら、後はどうするのですか?」
「無ければ無いで仕方がないですね(笑)」


※学校へ車で向かう 途中では崖やら危険な道もあるが、通い慣れている

黒板を前に授業を受ける

「今までの問題は、ひとつひとつじっくり解いて解決してきたが、今度からはそうはいかないですよ」

「○○○○○○!」(5~6つの頭文字?ほうれんそうのような)


最初の○
物事を大まかに組み立てていく。ピラミッド?のような形?ピースを合わせていく?確立?確定?

二番目の○
せっかちに問題を解いていく。昔の人はそうしてきた?急いで解け?

三番目の○
小さな事は問題にしないで良いが、嘘やごまかしはいけない?

四番目の○
???

五番目の○
????

六番目の○
?????????

     (意識消滅)


**********************************************************************
**********************************************************************

2010/10/9

~ビジョン~

朱い大きな鳥居  朱い楼門  楼門に神社名が書いてある(読めない)

**********************************************************************

食糧難と、時間がないから早くしろ、ってこと?

朱色の鳥居って・・・楼門って・・・全国にいくつあるとお思いで(ry
もっと判りやすいようにし(ry

伏見稲荷でしゅか?? 貴船神社のオカミ神様、あれ以来雨ばかりですよ!!



  • ジャンル:

今度はふたつ鳥居

  • 2010/10/04(月) 08:38:18

貴船神社から無事に戻り、法事も無事に済ませ、イロイロ忙しかったため夢も見ないと思っていたところでした。

ところが、10月3日の夜、かすかな目覚めの際に見たビジョン。


------------------------------------------------------

神社の石造りの鳥居がふたつ並んでいる。

石? 岩? ごろごろ・・・・


------------------------------------------------------



調べてみたところ、二ツ鳥居(ふたつとりい)というのがあるそうな。

”丹生都比売神社が鎮座する天野の里に至る山道と分岐する百二十町石付近の峠に並立している石造の鳥居で、弘仁10年(819)5月3日、弘法大師によって当初は木造で建立されたものと伝えられています。”

高野山町石道 和歌山県観光情報(より抜粋) http://www.wakayama-kanko.or.jp/kataribe/01/detail_02.html#6


・・・・・和歌山は高野山?

・・・・・しかし、ビジョンとは鳥居の並び方が違う。

・・・・・ビジョンでは左右ではなく前後に二つの石造りの鳥居だったな。



ただ今調べ中。やれやれ、今度はどなた様?

また謎解きが始まるのね。・・・・・・(´`)






追記

ははは!すぐわかりましたよ。やはり二ツ鳥居だったようです。
二ツ鳥居の存在を知らなかったため、並びが前後と見えたようです。

つまり、あの石や岩、立って並んだ石墓のようなものは「高野山町石道(こうやさんちょういしみち)」であり、「有王丸の墓」「院の墓」だったワケですね。弘法大師様が建てた卒塔婆を、朽ちたために石に置き換えたのが「百二十町石」

これらは何を指しているか。


「丹生都比売神社」と「犬飼山転法輪寺」

そして、これらの寺社と深く繋がっているのが「高野山」・・・・


高野山へ参る前には、まず丹生都比売神社へご挨拶しなければならないと言われているそうですね。


「丹生都比売神社」には阿波の神様「大食津比売大神」様、かなりご縁の深い「市杵島比売大神」様が本殿側に控えておいでです。私の菩提寺、総本山の仁和寺ともご縁がかなり深い神社です。なるほど・・・

御神紋は三つ巴。
確か、貴船神社も三つ巴の御神紋でしたね。双葉葵とともに。
鳴門の妙見神社も三つ巴でした。渦を巻いた三つ巴。

なるほど、なるほど・・・・


そして何より、丹生都比売様はご存知の「丹」

”「丹」は朱砂(辰砂-朱色の硫化水銀)のことであり、その鉱脈のある所のことを「丹生」という。” (wikiより)


うん、ズバリ中央構造線沿いにあるんですよ。
丹生都比売神社しかり、高野山しかり・・・


ここら辺が押さえているからご挨拶に行ってまいれ・・・とのこと?

貴船神社でこっそり入れた御神饌のそば米のお陰なのかな?

高野山には日帰りで参れますが、丹生都比売神社はどう行きゃいいのよ?orz






  • ジャンル:

貴船神社(3)

  • 2010/10/03(日) 18:10:47

途中で相生の大杉スクナヒコナ様の社があったような記憶が・・・
aioinosugi.jpg


結いの社入り口。
yuinoyasiro.jpg


結いの社イワナガヒメ様~!参りましたよ~!
願いを書いた絵馬はここでもたくさん並んでいました。
yuinoyasiro_honden.jpg


天の磐船。夏場だからちょっと草がぼうぼう・・・
amanoiwahune.jpg


和泉式部の歌碑
izumisikibu_kahi.jpg


ふたたび本宮へと向かいます。帰る時間が来ましたので、帰るためのご挨拶と水占みくじとお土産と御神水をゲットするのが目的です。
gosinsui_tatehuda.jpg
gosinsui.jpg


水占みくじ。「末吉」・・・久し振りのおみくじだったけど(普段はめったにしない)まあ、こんなもんかとアッサリしたもんです。
お土産は、水守りと幸運の鈴。お店のお休みを交代してくれたYさんへの御礼です。
mizuuramikuji.jpg


さあ、また料亭旅館街をトコトコ歩いてバス停貴船へ向かいます。

左側には貴船川。轟々と音をたてて流れる水。写真の右側、緑色の水が見えますか? この色が夢に出てきた水の色でした。やはり貴船様だったんだと、写真を整理していて確信持てました。
奥宮で見た龍のウロコ、それもこんな色に近かったな~と。

kihunegawa.jpg


川床料理を楽しむ観光客。ああ、羨ましい。食べる時間など無い私にはヨダレもんです。今回もお昼抜きの私。でも、メニューの値段見たら、目ン玉が飛び出そうになるんだよね。

 (  Д )゚ ゚ ご、ご、5000円!?

kawadoko.jpg


料亭旅館街の坂道
kawadokoryouriten.jpg


さあ、来たときと逆に貴船口へ参ります。
お腹空いたけど、とても良い一人旅でした。

有難うございました貴船神社様!!^^


  • ジャンル:

貴船神社(2)

  • 2010/10/03(日) 17:56:01

奥宮への参道。
okunomiya_sando.jpg


途中で渡った鈴鹿橋
suzukabasi.jpg


所々で見る滝。これは鈴鹿の滝
taki.jpg


結社を素通りし、つつみヶ岩。手の平でペンペン!と撫でるように叩き、ご挨拶。参りましたよ!(ぺこり!)
tutumigaiwa.jpg


そして思ひ川を渡る。
omoigawa.jpg


さあ、奥宮の楼門です。朱色ですね~
okunomiya_roumon.jpg


楼門の上、見上げると菊花紋。鮮やかですね~
okunomiya_roumon_kikkamon.jpg


楼門を抜けると左手に連理の杉。連理の杉の御神木の前には日吉社(大山咋神様)が鎮座されてます。まっすぐに伸びた杉と楓の仲睦まじくピッタリと寄り添う姿は見事ですね。
gosinboku_katura_2.jpg
renrinosugi.jpg


あれ?舞殿?奥宮本殿の前に舞殿?新しいね、これ。こんなんあったっけ?
okunomiya_maidono.jpg


奥宮拝殿。ここで目を閉じてお祈りさせて頂いているときに、青緑色のウロコと龍神の姿を見せて頂いたのですね。
奥宮の下には龍穴があるそうで、どなたも立ち入ることべからずだそうで。
ああ、だからここで見えたのだな・・・と。

おっと、忘れずに御神饌を・・・賽銭箱にポトリ!
okunomiya_honden.jpg


奥宮拝殿の真横にある御舟形石。ホントに舟の形なんやね~
やっぱり手の平でペンペンと撫でるようにそっと叩き、「参りましたよ~!タマヨリヒメ様~!」(ぺこり、ぺこり!)
hunagataisi.jpg


吸葛社 味耜高彦根命様
日吉社 大山咋神様
鈴市社 五十鈴姫命様

末社の神々様にもご挨拶。

奥宮のベンチでしばし休憩。う~ん、良い気持ちだ~^^
でも、龍神様が見えてしまったことでちょっとドキドキ・・・


さあ、Uターンして今度は結社です。

  • ジャンル:

貴船神社(1)

  • 2010/10/03(日) 17:32:16

2010年9月29日。

タカオカミ様、クラオカミ様、イワナガヒメ様の貴船神社へ一路バスにて京都駅まで向かいます。

京都駅から市バス4番に乗って、出町柳駅へ。
demachiyanagi.jpg


出町柳駅の四つ角には、 下鴨神社糺の森も見えます。
demachiyanagi_tadasu.jpg


叡山鉄道のエイデン(EIDEN)
eiden.jpg


貴船口に到着。ここから再び市バスで貴船へ向かいます。
kihuneguchi.jpg

貴船でバスを降りてとことこ料亭立ち並ぶ坂道を登っていくと・・・

来ました。貴船神社本宮の鳥居。
kihune_honguu.jpg


鳥居を一礼してくぐると、朱い灯籠が立ち並ぶ本宮参道
kihune_honguu_sandou.jpg


門を通り・・・
kihune_honguu_mon.jpg


本宮。やっと手を合わせることが出来ました。タカオカミ様~!クラオカミ様~!阿波徳島からはるばる馳せ参じましたよ~!お約束の御神饌、賽銭箱に入れますね~!(ポトリ!)
kihune_honden.jpg


本殿
kihune_honden_honden.jpg


本宮入り口左側には御神木の桂。勢いよく伸びてます。
gosinboku_katura.jpg


石庭(天津磐境(あまついわさか)後ろに見える木はひもろぎ
sekitei_amatuiwasaka.jpg


神馬銅像。絵馬発祥の社ですね。願いを書いた絵馬がいっぱいでした。
sinme_ema.jpg


白髭社 猿田彦命様
牛一社 木花開耶姫命様
川尾社 罔象女命様
鈴鹿社 大比古命様
祖霊社 氏子の祖霊様

末社の神々様にもご挨拶し、奥宮への参道をとことこ歩きます。


  • ジャンル: