貴船には青龍様がいらっしゃる

  • 2010/09/30(木) 09:11:02

昨日、2010年9月29日、京都洛北の貴船神社へ行って参りました。

徳島市から観光バスに乗って京都駅に到着、すぐに駅の階段を駆けあがって市バス乗り場へ。市バス4番で出町柳駅前へ行き、叡山電車で貴船口へ。
貴船口から歩いて神社まで登ることも出来ますが、時間がないので貴船行きのバスに搭乗。5分ほどで貴船に到着。

トコトコ歩いて目指すは本宮、奥宮、結社。
眼下にドドドドド!と勢いよく流れる貴船川を眺め、いくつかの滝を見て、川床も眺め、無事に三社参りをさせて頂くことが出来ました。
写真もいっぱい撮りました。

写真は縮小するのが面倒なので、後でご報告させて頂きますわね。


実はデスね・・・


私が皆様にお伝えしたい事はですね・・・


あそこ、龍神様がいらっしゃいますよ。・・・ってことなんです。



奥宮の拝殿で目を閉じて手を合わせお祈りさせて頂いている時、瞼の裏に何か薄緑色か薄青色の薄っぺらい石?のようなものが沢山見えたのです。
触るとすぐ割れそうな薄いうすい青っぽい石。
白い透明な部分もあって、壊れそうなほど薄い青っぽい石。

あれ?と、頭を振って払いのけても、何度も何度も映像が入って来ました。

よく見てみると、その薄青色の薄っぺらい石の1枚1枚がウロコ状・・・


あ!鱗だ・・・大きなウロコ・・・!



鱗だと気付いて、「魚?」と。


その瞬間、本体が一瞬見えました。
深い青い水の中、鱗を付けた大きな魚、あるいは蛇のような身体が、左から右へとすい~っと動いたのです。



「龍だ!」



タカオカミ様、クラオカミ様、有難うございました。
ここへ来て良かった・・・

阿呆な私のために、「魚?」「ちゃうわ!ワシャ、龍じゃ!」とお姿を見せて下さったのでしょう。


帰りのバスの中で、ハッ!と気付いたのは平安京の配置
鴨川は東の青龍とされています。貴船は鴨川の源流。
そっか・・・だから青っぽい龍だったんだな・・・と。


ちなみに、お約束通りに御神饌をお持ちしましたよ。半紙に小さくくるんであるのは、阿波名産のそば米です。ほんのひとつまみですが、オオゲツヒメ様のお土産です。
賽銭箱にそっと入れましたが、貴船神社様、ごめんなさい。
本当は鳴門の塩も捧げたかったのですが、あまり入れると神主様に叱られてしまいますから、次回にしますね(・・・って、コラ!!)



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貴船神社からの伝言?

  • 2010/09/25(土) 22:15:19


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2010/9/25 

~夢~

家中の水道が出なくなってしまった

「くそっ!またか!」とレンチなどの工具を持って外に出る

家の外はどこかの田舎のような山と谷と平地ばかり

それを当たり前のように感じている自分

工具で水道ポンプのあたりを探って修理しようと思った矢先、山から水

どんどん水は溢れ出てきて、家が孤島になった島の真ん中に立っているような状態になってしまった

水は薄いグリーン色で、瑪瑙のように見える

とにかく、家には水は出ないが、これだけ美しい水が家の回りにあるのだ

だから大丈夫!

私は離れ小島に立っているような我が家へ帰るため、浅瀬を選んで飛んだ

「エイヤッ!」

後方で声がしていた

「危ないよ!」

家の石段に無事に着地! 中に入って行った・・・・

      (意識消滅)

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実はデスね・・・

貴船神社へ行くため、京都行きバスを予約してからというもの、しばらくして家の水回りがどんどん故障していったのですよ。
十万単位、数万単位で修理代がかかりました。本当の話です。

今現在は修理して頂いて、心機一転、無事に水も勢いよく出るようになったし、お風呂も使えるようになりましたが・・・・


これって・・・貴船様?と思ったのは私。


そして25日の夢。



ああ、やっぱりそうだ。

貴船神社からの伝言だ。


そう思えるほど美しい水の夢でした。薄い緑の水・・・


貴船神社が私達の実際の生活に掛け合わせ、見せて下さった夢ではないかと思えるのです。


9月29日。貴船神社へ参ります。


阿波からオオゲツヒメ様の御神饌を持って参ります。あの時、御神饌を運ぼうとした巫女姿の私のように。


でへへ。酔っぱらいのようですね。♪^^



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熊本城の意味がわかった・・・かな?

  • 2010/09/23(木) 14:55:44

「今度は熊本 2010/09/13(月) 10:45:58」で書いた熊本城。

「松本・・・地下鉄サリン事件ですよ 2010/09/18(土) 11:22:59」では、中央構造線に関係すると書きました。

それと、もうひとつ発見したのがやはり「平将門」

まさに最近の夢見に合致するのが熊本城でした。

検証してみますね。


まず、中央構造線ですが、四国を横断し、九州は大分県に入ります。途中阿蘇山を前に二手に分かれ、北の線は熊本市へ、南の線は熊本・八代を通り八代海を下り、海を渡って台湾へと向かいます。
四国からは近畿は奈良県、三重県、伊勢湾を通り、フォッサマグナを通り抜け、長野県は諏訪大社へとせり上がり、くるりと方向を変え、千葉方面を囲むように回り、太平洋へと抜けます。


800px-Tectonic_map_of_southwest_Japan.jpg


中央構造線上には重要な寺社が建てられているのは皆様ご存知のことですが、熊本城にも重要な寺社があったのですよ。

熊本城には元々茶臼山桓武天皇が創建した神社がありました。現在の藤崎台球場のあたりですね。時を経て平安中期、承平天慶の乱(平将門の乱・藤原純友の乱)が起こり、藤原純友の乱では、追討と九州鎮護のため、 石清水八幡宮より宮崎庄茶臼山(現在の藤崎台球場)に勧請されました。

それが「藤崎八旛宮」です。

「玄松子の記憶」より http://www.genbu.net/
「藤崎八旛宮」 http://www.genbu.net/data/higo/fujisaki_title.htm

御祭神は応神天皇、住吉大神、神功皇后。


鎌倉幕府以降、藤崎八旛宮は城とともにあり、城内のいたるところに社があったそうです。栄華を誇った藤崎八旛宮でしたが、明治10年の西南の役にて消失。現在の場所に移されました。


一方、八代にも大切な神社があります。 「八代神社」別名「妙見宮」

「八代神社」 http://www.genbu.net/data/higo/myouken_title.htm

御祭神は妙見神。 御神紋は九星


一国一城制定のおりにも熊本は熊本城と八代城の二城を有することが許されましたね。それほど大事な場所だったのではないかと思います。

八代神社(妙見宮)、熊本城は九州の南北の構造線上に建っているのだと思います。



何故、熊本城から八代神社に繋がったのか?

熊本城のある茶臼山に創建した神社も、八代神社を創建したのも桓武天皇

八代神社が衰退したおりに、再建されよと神具一式などを送ったのが熊本城の時の領主、細川氏でした。
八代神社の下宮は天正十六年、小西行長の兵火にかかり焼失しました。後に再建させたのが熊本城の時の領主、加藤清正でした。


このように、熊本城と八代の妙見さんは深く繋がっていたのだと知りました。

藤崎八旛宮八代神社の御祭神には関係なさそうに見えますが、上記に書いてあるように、藤崎八旛宮石清水八幡宮から勧請されたと書いてありますね。

石清水八幡宮の名の由来となった社が、一番奥にありました。

摂社・石清水社(天之御中主神様)です。

「石清水八幡宮」摂社・石清水社(一番下) http://www.genbu.net/data/yamasiro/iwasimizu_body.htm


天之御中主神様は、神仏習合では妙見菩薩、天帝、北極星と言われます。


不思議な夢から暗中模索で探して出た結果中央構造線・承平天慶の乱(平将門・藤原純友)・熊本城・加藤清正・石清水八幡宮・藤崎八旛宮・八代神社(妙見宮)が繋がっていたという興味深い事実が出てきたワケです。

だから鳴門は妙見山だったのか・・・


我、ふと思う。・・・・まさか九州へ来いと言われているのではあるまいな?

・・・あ、言ってたわ、確か。

「私達はここに来なければいけないんだよ」・・・


あ~た、そりゃ無理だって!日帰りできないもん!!

何年後かは行けるかも・・・ですけども・・・ごめんなさい。



追記

阿蘇から南に分かれた構造線は、幣立神宮、高千穂も通り抜けますよね。

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妙見山・妙見神社(2)

  • 2010/09/20(月) 10:22:29

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阿吽の狛犬。


本殿の裏側に回るとよくわかるのですが、城壁の跡が見えます。
撫養城(のレプリカ)(別名岡崎城)はこの神社のすぐ隣にあるのです。
まさしく本殿が撫養城の城壁の上に乗っかってる状態。おいおい・・・

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本殿下

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撫養城。
ここは博物館になっていたそうですが、今現在は閉館中。残念。

案内板に書いてありましたっけ。
”天正13年(1585)蜂須賀家政が阿波に入国し、国内9ヶ所に城塞を設けた。阿波九城という。
撫養城(むやじょう)は、淡路渡海の押さえとして異母弟の益田内膳正忠を城番にし手勢300名をもって守らせた。
元和元年(1615)の一国一城令により、寛永15年(1638)撫養城も他の阿波九城とともに破却された。”

社殿後方の石垣は当時のまま保存されているそうです。


さて、参拝を終えて入り口にある「絵馬堂」へ入ってみました。
ここは展望台になっていて、鳴門市街が一望できます。
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一息ついて、下山する前にもう一度妙見神社に入り、鳥居で一礼し帰宅報告をしたのですが、その時「ブーブーブー!ぶぶぶぶぶ!」と鋭い羽音が足元から・・・

あ、拝殿で手を合わせているとき、ブンブンと私の周囲をぐるぐる飛んでいたヤツはこいつか!と気付きました。
幸い、真っ白のUVカットのフード付きジャケットを頭からかぶって手袋もしていたので刺されずに済んだのですが、5㎝はあろうかと思うような大きなスズメバチ。
あ、危なかった・・・(-∀-;;

「でも、何事?アンタ何で落ちてんのん?(・.)??」 不思議。

身体をくの字に折り曲げて、必死に藻掻く巨大なスズメバチ。何があった?


・・・・ま、いっか。

「ブブブブ!!」の音を聞きながら神社を跡にして、参道の階段を降りていきました。

動かないでね~!少しずつ放出してね~!とお願いしながら下山。
登るときと同じようにたくさんのアゲハチョウや真っ黒のアゲハ、トンボに取り巻かれ、城壁を眺めながら。

これにて妙見神社参拝は終了です。



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妙見山・妙見神社(1)

  • 2010/09/20(月) 10:18:52


2010年9月16日。

四国中央構造線の最東端と思われる場所、鳴門市撫養町の妙見山・妙見神社へ参拝して参りました。
あの平将門と深い繋がりのある妙見菩薩様(天之御中主神様、天帝、北極星)の社ですね。神仏習合の歴史は我々凡人では計り知れない世界観をもたらせて下さいますね。つまりは「何が何やらわけワカメ」・・・・あ、ワカメと言えば鳴門でしたね(笑)

鳴門は海産物の宝庫。遙か昔から水の神を奉っていたはずですね。仏教で言う水天様龍神も。創世記では水から陸地が出来た、古事記でも水をかき回して陸地を創ったとありますから、元の元は水であり、だから水神様を大切にするのだろうかと。だから天之御中主神様は水系なのだろうかと。

まあ、私ごときのくんだらはやめておいて、妙見神社。

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妙見神社の鳥居
ここの階段をぜえぜえと息を切らして登って行きます。後ろに控えて見えるのが妙見山。この上にはお城がありますが、ここでは見えません。

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階段を登り切ると、左手に本殿の鳥居

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ご案内板
ご案内の看板があったので読んでみますと
”当神社は「造化の神、天之御中主神」を祀る。この神社は古く大地の未だ成立しない頃、大空の真中に生まれ給い天地万物の大元をおすへになり、有形、無形のみたまとして永久に世に幸を与えられた。
そのおゝみいつによって次々に神々がお現れになり、その尊い護神徳は計り知れない。
故に、開運、延命、長寿、安産、海陸交通安全の守護神として広く信仰されている。
平安末期、中国より伝わった北辰(北極星)信仰と結びついて妙見社として祀られるようになった。
天保元年(1830)旧城主、四宮加賀守の子孫と撫養町林崎郷の近藤利兵衛氏がこの城跡に妙見神社として再建した。”
と書いていますね。

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本殿。
こじんまりした本殿ですが、面白いのは屋根。鬼瓦が四方を睨んでいる。
神社のご神紋は七つ星。と、渦を巻いた三つ巴
そして屋根のてっぺん、左右両側にしゃちほこ
何故しゃちほこなん? と調べてみると、撫養城の本丸跡だからだそうです。

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鬼瓦はおそらく淡路島と交通が盛んだった(阿波の守護下にあった)ため?
七つ星のご神紋はもちろん妙見信仰。三つ巴は渦にも見えますが、これは撫養城を守った武士の神紋なのかも知れないね。

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十楽寺

  • 2010/09/19(日) 11:06:04

2010年9月14日。スタコラサッサと車を飛ばして土成町は十楽寺に参拝して参りました。所要時間片道50分。

いや~、田舎じゃ!^^; 途中、「ここどこ?(¨ )・・・」になってしまいましたが、何とか無事到着(だから父さん、私、方向音痴なんだからさ~、カーナビ買ってよ!と何度もお願いしたじゃないですか!(TT)・・・)
(まあ、今年はイロイロとあって、十万単位でお金が飛んでいくから仕方がないかな・・・我慢、我慢!)

愚痴はやめて、十楽寺

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山門(鐘楼門)

朱い門を一礼してくぐると、目の前にたくさんのお地蔵様。水子地蔵尊。
なんだか一発目で感激してしまった私。立ち止まり、立ち尽くすことしばし。
アカンわ~ やっぱりミルク、母乳やわ~
子供達をどうかお願いしますだ~!と、手を合わせてお祈りしてしまいました。
「おん かかかび さんまえい そわか」

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水子地蔵尊

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中門(遍照殿)
この門には裏手に2階に上がる階段があり、そこには愛染明王様の立像がございます。金色の仏様の小さな像が背後でたくさん並んで控えておられます。
板に書いてあった愛染明王様の御真言を3回唱えさせて頂きました。^^

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本堂(本尊・阿弥陀如来様)
ここで般若心経阿弥陀如来様の御真言を唱えさせて頂きました。
「おん あみりた ていぜい から うん」^^

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大師堂(弘法大師・空海様
ここでは弘法大師様南無大師遍照金剛を唱えさせて頂きました。^^

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波切不動尊様
太平洋戦争にて亡くなられた方々の石碑なども・・・
「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだん まあかろしゃだ そわたや うんたらた かん まん」^^
※波切不動尊様はここじゃなかった・・・もっと左手に不動様の像があるよ。
 多分、そこ。^^;



私の目的は、大師堂の前にある治眼疾目救歳地蔵尊様にお願いに伺うこと。
そしてお札を頂きました。何だか写真は撮る気がしなかったので、お祈りさせて頂いただけです。

「おん かかかび さんまえい そわか」・・・御真言はこれで良かったのかな?とか思いつつ・・・・

治眼疾目救歳地蔵尊様にご興味ある方は、ググッて下さいね。^^


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松本・・・地下鉄サリン事件ですよ

  • 2010/09/18(土) 11:22:59

最近、かなりな数の夢の攻撃で、シッチャカメッチャカ状態です。
その中で、印象に残ったビジョン、夢を書いておきます。一応。

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2010/9/14

~短いビジョン~

九州南部の島々の地図を見る

 「種子島」と意識に入ってくる


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2010/9/15

~夢?~ ~文字~

※鳴門 お腹に数ヶ月の赤ちゃん 鳴門へ嫁に行く

「油○○○ゐ○○(恵?ゑ?)」という名前

結婚してその名前に変わる?

ほとんど平仮名の名前


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種子島には宇宙航空研究開発機構が設置した種子島宇宙センターがありますね。

「なんでJAXA? 2010/09/10(金) 00:37:14」の夢を見たのは9月10日

「みちびき」が発射されたのが翌9月11日

この関係かな?

やはり「はやぶさ2」に対する強い意気込みを感じますね。


ふたたびの鳴門の夢は、実際9月16日木曜日に参拝してきた妙見山の妙見神社が関係しているのでしょう。
この参拝の前にも9月14日には四国八十八箇所の七番札所、十楽寺に参拝させて頂きました。こちらは私用で訪問させて頂いたのですが・・・
写真も撮って来ましたので、妙見山十楽寺はまたご報告させて頂きますね。


ところで、夢見で大変忙しいのですが、
「今度は熊本 2010/09/13(月) 10:45:58」で書いた「松本さん」。

やはり地下鉄サリン事件の被害者だと思うのですよ。

松本被告、複数の女性被害者(死亡)で検索し、一致したのは地下鉄サリン事件しかヒットしませんでした。

書き辛いのですが日比谷線・北千住発でたまたま乗り合わせ、亡くなられた3名の女性の方々だと・・・・男性も数多く亡くなられています・・・


ああ、やっぱりだ。若い女性が二人もいらっしゃる・・・夢見と同じだ・・・


だからでしょうか、「ほら!やっぱりいたじゃない!あそこにいるって言ったでしょう!?」と、金切り声を上げた女性の言葉は標準語でしたね。


彼等は、あの重苦しい世界で「松本さん」が来るのを待っているのでしょう。

 松本智津夫さん、覚悟はよろしいか?


それと、熊本城。

やはり中央構造線に関する地理的な暗示だと思います。
阿蘇山を手前に二手に分かれ、その一辺上の辺りに熊本市がありますね。

阿蘇山、九重連山の下、マグマ溜まりが影響しているのは中央構造線
たぶん、このことだと直感しました。歴史上の人物ではなかったのね。


忙しいので、今日はこの辺で。間違ってたらごめんなさい。
夢見も大変忙しいのですが、実生活も大変忙しい時期なんですのんよ^^;




追記


私は、あの地下鉄サリン事件で亡くなられた方々の恨みを感じません。

彼等はより良い世界へと旅だっています。間違いないのです。


何故って?


美しかったからですよ、霊魂が。

霊魂、魂は、その心のままに姿を留めます。

彼女達は美しかったのです。

地獄界の霊そのものの顔ではありませんでした。

空気そのものはどんよりと非常に重かったですが・・・

これも囚われの地獄かと思うほどでしたが・・・

あえて言うなら、



「私達は天国にいます。しかしながら、地獄へと向かう魂もいるのです。

私達をこの世界へと放り込んだ人物、彼は許されるべきではありません。

しかし、私達は心底彼を憎んではいません。彼は彼なりの判決があるでしょう。

それを見守っています。

苦しみは確かにありました。未来を断絶されました。

家族と離ればなれにされました。

・・・・・まだまだ生きたかった。

それを中断させたのは、彼ですが・・・

それを知って欲しいと思うのです。

懺悔して欲しい。・・・そこから始まる・・・


わかって下さい。

私達は貴女にわざとこんな夢を見せました。(苦しかったでしょう?)

でも、こんな人間はたくさんいるのです。・・・・わかって下さい・・・」



ずっと考えながら、こんな答えが返って来ました。夢見を整理していると。


そうね、人間はどうしようもない動物です。

でも、愛すべき生き物なんですよ。

霊も生きている。ずっと生き続けている・・・・・


わざと霊格を落として知らせに来る霊もいる。地獄界から。
私達はこんな所に居ても不思議ではないのですよ・・・と。


松本さん、麻原さん、潔く生きてちゃんと身を清らかにしなさいね。



2010/9/18 coomiの戯言でした~






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今度は熊本

  • 2010/09/13(月) 10:45:58

夢のお話。

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2010年9月12日。

主人と二人で空を飛んでどこかへ向かった。

何やら下にお城のようなものが見えてきた。

「熊本城」

と、声が聞こえる。

黒塗りの城の壁、赤茶けた城壁も見える。

やけにはっきりとした画像。


「私達はここに来なければいけないんだよ」

と主人が言う。


広々とした城の庭へ二人で降り立った。

     (意識消滅)


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ふと思う。

あの男性は本当に主人だったか? 

抱き抱えられるようにして空を飛んで連れて行ってもらったが、何だか別人のようにも感じた・・・


熊本城。

ここに何があるというのだろうか?

加藤清正?

写真で熊本城を確認した。

Kumamotojo.jpg


ああ、同じだ。熊本城に間違いない・・・

ふう~・・・今度は九州は熊本ですか? 千葉城ですか?

地理的な暗示なのか、まさしく城がキーワードなのか模索中・・・・・



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2010年9月13日。

暗い夜の道に女性達が数人、虚ろな目で佇んでいる。

「松本さんはどこ?」

「松本さんはどこ?」

繰り返し虚空を見つめ、呟き続ける女性達。


・・・・こりゃたまらん・・・


からみつくような重い雰囲気の中、地を蹴って空中へと逃げる。

空気(?)を蹴って、少しずつ上昇する。

下を見ると、先程の女性達の他にも沢山の「首」があった。

塀の上に晒し首のように沢山の首が並んでいる。

「松本さんはどこ?」

「松本さんはどこ?」

今度は男性のしわがれた声が首から漏れてくる。


・・・こりゃアカン・・・


空中を飛びながら、その場をあとにし、大きな道路に出た。

向こうからたくさんの人々がやって来て、私の側を素通りする。


「ほら!やっぱりいたじゃない!あそこにいるって言ったでしょう!?」

一人の女性が金切り声に似た大声を発する。

女性の指差す方向は、数人の女性達が佇んでいる場所。

自分には見えたが、他の誰も見えなかったの!? という意味だ。

私には見えてるよ、首もね。と思った。

      (意識消滅)


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またどこかの下層へ行っていたみたい。何という不気味さだ・・・

目覚めた瞬間、不安が過ぎった・・・・

しかし、「松本さん」とはどういう意味だろう?・・・・



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首都

  • 2010/09/12(日) 01:14:43


昔、日本の中心は「都」と表現していました。

今、東京は「首都」と呼ばれます。
日本に限らず、世界の中心部、最も重きを置く所は「首都」と呼ばれます。

面白くないですか?

首があるから首都?主がいるから主都?


謎は深まりますね~ (笑っていいのんか?)


「首都」廃絶 「都」復活 呼び名から変えようか!(笑)


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平将門と妙見菩薩(2)

  • 2010/09/10(金) 01:00:36

話を変えて、自分自身の経験、夢見にも平将門を重ねてみます。

時は平安中期。平安京の900年代で共に生きた時代で合致する代表者は「平将門」「賀茂忠行」「安倍晴明」

百鬼夜行を見た安倍晴明は賀茂忠行によって認められ、陰陽道の師となり、その類い希な才能を開花させました。

賀茂に代表される陰陽道

切っても切れない関係は 「北極星」ポラリス。


北極星、南極星については、ここで何度も書きました。
おじいちゃん神様は「南極老人」のようだったと書きました。

南極に対する北極。「北極星はどこ?」とも書きました。

もうおわかりですね?

北極「天帝」 つまり、妙見菩薩様なんですね。


あの赤い線、関東から鳴門に渡ってきた赤い線は、平将門が探し求めている妙見菩薩様ではないかと思うのですね。

では、何故、将門妙見菩薩様を捜しているのか?


徳川家康は平将門のパワーを利用し、東京(江戸)の守護をさせました。神田明神ですね。
彼は朝廷に逆らい、自らを「新皇」と名乗りました。それほど強大なパワーを持った霊を味方につけるとしたら、これほど力強いものはないからでしょう。
おかげで江戸(東京)は現在に至るまで首都として君臨し続けて来ました。
これが将門の死後、時を経て実現した新朝廷なのです。

将門の結界。


では、何故将門は今、妙見菩薩様を捜し求めているのでしょうか?

あの頃のパワーを復活させたい?
江戸を守り続けたい?

これを裏返しに見れば・・・江戸はパワーが切れかかっている・・・

ということ?


将門さえ走らせる今の東京はどんななの?と思う。


まあ、取り合えず、妙見山あたりには休日に行って来ますわね。ふう~・・・

追記

何故、中央構造線上なのか?

地からのパワーが強大だからです。


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平将門と妙見菩薩(1)

  • 2010/09/10(金) 00:54:21


我がブログも随分長い間頑張ってるなと感心します(自己自賛)

「中央構造線と怨霊 2010/09/08(水) 01:31:00」 (参照)

・・・で書いた自己調査報告(笑)ですが、まあ、自分なりの見解ということでお許し下さいな。流しし読みして下さい(笑)



見つけましたよ。鳴門の寺院。
最初は寺院の数の多さに泣きべそかきそうでしたけどね。直感に従いました。


「鳴門 2010/08/29(日) 11:18:26 」 (参照)
「中央構造線と怨霊 2010/09/08(水) 01:31:00」 (参照)


鳴門市撫養町にある「蓮花寺」「宝珠寺」です。この寺院は隣り合わせにあって、並んでいます。 「鳴門 2010/08/29(日) 11:18:26 」の記事では、寺院名を並べてふたつ書きました(名称は不明でしたけど)

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(地図1)

地図をよく見てみますと、なるほど、二つの寺院が並んでる。
赤丸の上が「蓮花寺」と下が「宝珠寺」です。

何故、ここを選んだかと言うと、やはり四国中央構造線の最東端だからです。

naruto_cyuuoukouzousen.jpg
(地図2)

撫養町辺りを中央構造線に合わせて見ますとわかります。
赤丸が撫養町の寺院があるところ、青い線が構造線。
ここから淡路島をスレスレで避け、和歌山へと構造線は走ります。

おわかりですか? 構造線ど真ん中なんですよ。


話はこれだけでは終わりません。

近辺を見て下さい。すぐ近くに”あるもの”が見つかります。


妙見山。


妙見神社。


おわかりですか? 平将門に繋がる妙見菩薩様なんですよ。あの平将門が愛してやまない妙見菩薩様なんですよ。・・・

即ち、「妙見神社」へ来い  ということなんです(やっぱり神社だ・・・)
あの寺院の名称は、ただの目印だったに過ぎないのです。


平将門(wikiより抜粋)

~平将門一族の伝説 ~
”遅くとも建武4年(1337年)には成立したと見られている軍記物語『源平闘諍録』以降、将門は日本将軍(ひのもとしょうぐん)平親王と称したという伝説が成立している。この伝説によると将門は、妙見菩薩の御利生で八カ国を打ち随えたが、凶悪の心をかまえ神慮に憚らず帝威にも恐れなかったため、妙見菩薩は将門の伯父にして養子(実際には叔父)の平良文の元に渡ったとされる。この伝説は、良文の子孫を称する千葉一族、特に伝説上将門の本拠地とされた相馬御厨を領した相馬氏に伝えられた。” 



妙見山を探ってみてわかりました。
あの岡山あたりまで伸びた赤い線、途中で引き返し兵庫県あたりで立ち止まり、やがて徳島・鳴門へやって来た・・・

「妙見山」は一度辿り着いた岡山県が日本では最多なんですね。納得しました。

では、何故わざわざ徳島なのだ?と調べてみると、更にわかります。

平将門は現在の千葉県出身下総国の生まれです。千葉と言えば察しがつくと思いますが、この世界ではよく言われますのが「安房国」ですね。
ここは、阿波忌部氏の一部が移住したと噂されている場所。
つまり、「阿波」=「安房」

もし、この検証が正しかったとしたら、将門は阿波の血も持っていたのかも知れません。・・・・・

忌部氏藤原氏に負け、歴史から姿を消しました。
時の朝廷は藤原氏の天下でした。

もし、将門が阿波の血を引く者だったとしたら、反旗を翻したその行動も理解できるように思います。知ってか知らずか・・・・・


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なんでJAXA?

  • 2010/09/10(金) 00:37:14


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2010/9/9 夢?

※JAXA

宇宙船内の作業をする宇宙服を着た人達数人

JAXAの所長?がメンバーにハッパをかけている

「我々は持てる知識、技術をすべて吐き出し、結集させ、この仕事を完遂させるのだ!我々はやるのだ!」

私はJAXAの女性メンバーに乗り移っている(憑依)

この女性、風邪をひいている

所長が気遣って、薬瓶をくれた

小さな瓶だが、中にはたくさんの種類の薬が入っている 仁丹も入ってる

小さな風邪薬の錠剤をふたつほど飲むと、身体が楽になった

      (意識消滅)


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JAXA・・・・なんやろ? 女性メンバーなんているのかな?

はやぶさ2号 かな?



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中央構造線と怨霊

  • 2010/09/08(水) 01:31:00


ここ1年くらい前だろうか?
よく関東へ(東京へ)行かなければならないと感じる夢をよく見ていました。
旅行鞄に荷物を詰め込んで、東京へ旅立つ夢、他モロモロと・・・
何故だか理由が皆目見当がつかなかったのですが・・・


8月25日に見た関東から徳島に来た希代希なる殺人鬼、彼の辿った関東から徳島に伸びる赤い線。

「レッツゴー!~夢の羅列~ 2010/08/25(水) 10:49:07」 (参照)


翌8月26日に見たビジョン、鳴門のお寺の名称。

「鳴門 2010/08/29(日) 11:18:26 」 (参照)



ここら辺を繋げて、「殺人鬼」とは「怨霊」ではないか?と。


8月25日に見たビジョンでは、赤い線は関東から太平洋に添って中国地方の岡山あたりまで一旦伸び、兵庫は神戸あたりに引き返し、海を渡って四国・徳島へと辿り着いていたのですね。赤い線の軌跡です。
そして現在は鳴門に至る・・・


翌26日には鳴門のお寺(名称は忘れました)を指し示すビジョンが見えました。



これ、即ち、「人物(三次元的)」ではなく、 「霊的(他次元)」移動だと私的には結論を出しました。

そうです。霊的移動です。

関東の怨霊。即ち、・・・・・「平将門」・・・・(?)


では、何故阿波・鳴門なのか?


皆様ご存知ないかも知れませんが、遙か昔から阿波は京の都、大和、出雲など畿内では大変重要な位置にあり、畿内のパイプラインとなり、阿波の人物を沢山それらの都に送り込んでいた土地だったのです。そして、日本屈指の盛大な都、栄華を誇る阿波国だったのです。忌部氏、細川氏、藤原氏、三好氏、源平合戦、応仁の乱、戦国時代などなど、秘かに阿波から歴代の重要人物を排出し、戦になれば出陣し、かなりの功績を残したお国柄だったのです(今現在は見る影もないですが)

無理もありません。朝廷に反旗を翻した将門は討ち取られ、朝廷側を含め、そのパイプ側を憎むべき存在と感じていたのでしょう。

空海様も重要視したため四国八十八箇所を設置、阿波を発心の場として設け、それがやがて結界となりました。四国の霊峰や豊かな自然を守るため、そして怨霊から守るためだったのでしょう。

鳴門には何があると思いますか?渦潮?もちろんそうです。
しかし、もっと重要なものがあるんですよ。


中央構造線


四国を東側から見て、鳴門には中央構造線の四国における起点があるのです。


「感覚 2010/06/05(土) 11:23:45」 (参照)

~抜粋~

”しかし・・・何だか近辺を包囲されたような感覚が・・・

その範囲は徐々に狭まってきたような・・・・

「ターゲット」・・・こんな言葉が頭の中を過ぎる。”


~抜粋終了~

kouzousen.gif


大鹿村中央構造線博物館 http://www.osk.janis.or.jp/~mtl-muse/index.htm
(画像拝借させて頂きました)


現代における恐怖とは何か?

戦争 パンデミック 事件事故 そして天災。

過去の怨霊が何かをしかけるとしたら、複雑な現代社会において、最も手を付けやすい方法は?それも大多数の人間を恐怖に陥れる方法は?

天災、人災による大パニック。


私には、この中央構造線が気になって仕方がないのです。

この解釈は大間違いだとしても、西日本はかなり注意が必要だと思ってます。


さあ、鳴門のお寺を探すとしますか・・・・(神社ではないのか?と疑問)
あ~あ、妄想もここに窮極を得たりですかね?w



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またも袴姿で

  • 2010/09/07(火) 17:47:14


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2010/8/27~9/5 (雑夢の中で印象に残った夢)


※上から重量のある鉄骨?コンクリート?の塊が落下 死者数名


※でっぷりと肥えた黒髪の中年女性  食べて食べて食べ尽くす

私と息子は彼女の前に立って見ていた

「何故そんなに食べるのだ?」と聞く

それでも無言で食べ続ける  食べ物で汚れた指先を舐める

口のまわりが食べ物で汚れ、舌でペロロ舐めている

目が完全に逝っている

私の横に立っていた息子の食事まで手で引き寄せたいらげてしまう

「僕は食べないから平気だよ」と息子はクスクス笑って私に言う

真っ白の袴の腰に差した剣の束を私はずっと左手に握っていた

それでも取り憑かれたように食べ続ける女性・・・


     (いつの夢なのか、日付は覚えてません)

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2010/9/5 夢


※どこかのステージのある小さな劇場

客席にはキリスト系の信者達が座っている 外人ばかりだ

客席の端っこに日本人の男女

高校生? くすくす笑って恥ずかしがっているようだ

いつの間にか客席の一人が歌を口ずさみ始め、どんどん歌が広がって、全員が歌い出した

聖歌?  聖歌の大合唱だ・・・日本人以外全員が聖歌を歌ってる


すると、ステージの真ん中に黄色い光が出現した

光はどんどん大きくなり、真っ白の閃光になり、目の前が真っ白になった

眩しくて、一瞬目をつぶる私


目を開けると、日本人高校生の男の子がステージ床下の光源の前にいた

男の子は巫山戯るように光源の上に何か平べったい物を置いて蓋をする

瞬間、ステージのまばゆい光が消え、暗闇になった


客席の信者達は驚いてどよめきが広がる


ほんの2~3秒後、ステージに現れたのはグランドピアノと外人男性歌手

ミラーボールが彼の頭上でくるくる回っている

男性歌手が歌い出す

何と庶民的で下世話な歌だろうか・・・  これが正体

男の子のいたずらは、無意識の功績  見届けた


     (意識消滅)

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・・・・何だかよくわからん夢だわ。w

取り合えず、また真っ白の袴姿になって動いていたのは確か。

ずっと見ていただけなんだけどね。


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